レオナルド・ディカプリオが悲願のアカデミー賞主演男優賞受賞を果たした『レヴェナント:蘇りし者』。彼の受賞とともに、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督が2年連続で監督賞、撮影のエマニュエル・ルベツキが3年連続で撮影監督賞に輝いた同作は、瀕死の深手を負い、目の前で息子を殺された男が極寒の荒野で経験する壮絶なサバイバルを描く。
「レヴェナント」は黄泉の国から戻った者、亡霊を意味する。舞台は19世紀前半のアメリカ。毛皮を求めて狩猟しながら大陸を旅するハンターの一団に、息子・ホークとともに加わっていたグラスが主人公だ。先住民との攻防を繰り広げながらの旅で、森での偵察中にグラスはハイイログマに襲われ、生きているのが奇跡と思えるほどの重傷を負う。一団を率いる隊長は、グラスは長くはもたないだろうと判断し、看取らせるためにホークと2人のハンターだけを残し先へ進む。だが、驚異的な生命力を見せるグラスに、一団から取り残されてしまう苛立ちを募らせたハンターの1人、フィッツジェラルドはグラスを置き去りにしようとする。そして、反発するホークをグラスの目の前で殺害し、彼を生き埋めにしてしまう。
これほどまでに心も身体もどん底に突き落とされた男が、蘇ることなどあるのだろうか。すべてを奪われた彼に、極寒の荒野をたった1人で生き抜き、長い道のりを旅させる原動力は復讐心だ。息子の仇をとりたい、その一心でグラスは厳しい自然の試練を乗り越えながら、フィッツジェラルドの後を追う。
グラスの旅を追う形で物語は進む。照明を用いず、すべて自然光で撮った映像は荘厳なまでの美しさだ。完ぺきな画作りのために撮影は9ヵ月間にも及び、ロケ地は北米から南米まで広範囲に渡った。過酷を極めた撮影からは脱落者が続出したが、それでも妥協せずに撮影を進めたイニャリトゥの鋼の意志は、グラスの執念に重なって見える。求めるものを絶対に手に入れるためには、傍から非情に見えるほどの強さが唯一無二の芸術を生むのだろう。彼を信じ、食らいついていったディカプリオも、今までにない演技を見せている。
ディカプリオが好んで演じてきたキャラクター像の1つは、臆病な本性を威圧的な態度やマシンガントークの毒舌で隠す有力者だ。『アビエイター』(04年)、『J・エドガー』(11年)、『ジャンゴ 繋がれざる者』(12年)、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13年)などが思い出される。皆、傲慢で非道なのだが、そんな彼らが内包する惨めさを隠す武器=強がりを演じるディカプリオは天下一品で、アカデミー賞候補にも選出されてきた。が、受賞に至らなかったのは周知の通りだ。
『レヴェナント:蘇りし者』で彼が演じるのは、先述の作品で演じてきたものとは正反対のもの……寡黙な男の壮絶な彷徨だ。雪原を歩み、冷たい川へ飛び込み、歯を食いしばりながら、息子への思いだけで前進していく。非常にシンプルな物語を体験するように演じて、ディカプリオはノミネーション5度目にして、ついにオスカーを手にした。
まくしたてる相手のいない1人きりの状況で、派手な芝居と器用という鎧を脱ぎ捨て、意識して演じるよりも反応するという手段を選んだことへの評価だったのではないだろうか。(文:冨永由紀/映画ライター)
『レヴェナント:蘇えりし者』は4月22日より公開される。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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