『追憶の森』
マシュー・マコノヒーと渡辺謙が、自殺の名所として知られる富士の青木ヶ原の樹海で出会う。これだけで興味を引かれる設定だ。
物語は、ボストンに住む大学講師のアーサー(マコノヒー)が日本へ向かうところから始まる。深い絶望を抱えた彼は死に場所を求めて青木ヶ原樹海を目指していた。だが、東京からまっすぐに樹海へ向かい、静かな最期を迎える準備をしようとした彼の前に1人の男が現れる。怪我をしてボロボロになっているその男、ナカムラタクミ(渡辺)は「ここから出られない。助けてくれ」と懇願。あまりにも悲惨なその姿に、アーサーは本来の目的達成よりもまず彼を助けることを選び、一緒に鬱蒼とした森の出口を探す。
死の匂いに満ちた、出口のない樹海にとり残された男2人。日本人といっても英語は堪能で、アーサーと大差ない体格ながら心身ともに弱り果てたタクミは、偶然出会ったアーサーに頼りきりだ。アーサーはそんなタクミをなぜか置き去りにすることはできず、彼らの彷徨は続く。その過程で、2人がなぜ自らの命を絶とうと思い至ったか、アーサーと妻ジョーン(ナオミ・ワッツ)との関係も描かれていく。
日中は薄日が差し込み、夜は漆黒の闇に包まれる森という社会から切り離された空間で名優2人が繰り広げる会話劇が魅力的だ。現実と地続きでありながら、生と死が曖昧な異空間でもあり、次第に心を開いた両者が語り合う自身のストーリーが興味深い。
マコノヒーは男性の“強くありたい”という思いを体現しつつ、相反する脆さを見せることに長けた俳優だが、今回もアーサーという人物の感情の起伏を見事にコントロールし、エモーショナルな演技を見せる。その名演を引き出すのが、樹海で行動を共にするタクミを時に情けなくもミステリアスに演じた渡辺であり、壊れかけた結婚生活を送る妻の苦悩を演じたワッツだ。
脚本は『リミット』(10年)で注目され、2014年に「Variety」誌上で“注目すべき10人の脚本家”に選ばれたクリス・スパーリング。渡辺は最初に脚本を読んだ時に、欧米人が、作中に描かれる日本的な死生観に興味を持つようになったことに驚いたという。2011年に加瀬亮を起用し、『永遠の僕たち』で生者と死者を描いたヴァン・サントの演出はきめ細かく、優しく、絶望に覆われた物語の中に愛おしい温かさをもたらしていく。
日本人、あるいは日本をよく知る観客ならば、かなり早い時点でいくつもの違和感や疑問が頭に浮かんでくるだろう。だが、むしろそこに気づかず見過ごしてしまうと、本作を真に味わうことはできない。昨年、カンヌ国際映画祭での上映時に寄せられた厳しい評価は、その辺りを見逃した、主に欧米側の視点によるものと思われる。そういう意味では、観客を選ぶ作品と言えるだろう。ランダムに撒かれたエピソード、言葉の1つ1つに込められたものを確かめるために、2度は見たいと思わせる作品だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『追憶の森』は4月29日より公開される。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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