コーエン兄弟が50年代のハリウッド映画界を舞台にオールスター・キャストを集結させたコメディ『へイル、シーザー!』。大作撮影中に起きたスターの誘拐事件に端を発し、イメージ・チェンジを強いられるもうまく対応できない若手俳優、人気女優のスキャンダル隠蔽工作、映画界における赤狩り騒動など、50年代のハリウッド事情を盛りだくさんに詰め込んでいる。
主人公は映画スタジオ「キャピトル・ピクチャーズ」で様々なトラブル解決を一手に引き受ける“何でも屋”のエディ・マニックス。20世紀に実在したMGMのプロデューサーで、フィクサー的役割を果たしていたE・J・マニックスを基にしたキャラクターだ。転職を画策し、教会で懺悔しながらも次々と舞い込む難題を片づけていく渋面の中年男を演じるのは、コーエン兄弟の『ノー・カントリー』でも主演を務めたジョシュ・ブローリン。昨年公開の『インヒアレント・ヴァイス』など、タフガイ然とした外見に屈折した心情を持つ男を絶妙に演じる彼にとって、マニックスはまさにはまり役だ。
50年代のハリウッド映画といえば、西部劇とミュージカル、そして歴史スペクタクルが3本の柱だったが、劇中のスタジオで撮影中の史劇『へイル・シーザー!』に主演する大スター、ベアード・ウィドロックを演じるのはジョージ・クルーニー。ローマ将軍の扮装のまま、スタジオから誘拐されてしまうベアードは見かけこそ威厳はあるが、実は隙だらけ。クルーニーは、世間知らずでお調子者というスターの無防備な実態を喜々として演じている。彼も『オー、ブラザー!』『バーン・アフター・リーディング』などコーエン兄弟作ではお馴染みだが、いつもに増して今回はマヌケな男。ベアードの一挙一動から、映画会社と俳優の力関係がよくわかり、笑いと同時にスターの悲哀も説得力をもって描かれる。
16歳の時に『バーバー』でコーエン兄弟作に出演したスカーレット・ヨハンソンが今回演じるのは、水中ミュージカル映画のスター、エスター・ウィリアムズを彷佛とさせる若手女優、ディアナ・モラン。水着姿で啖呵を切り、スキャンダルもみ消し工作では色仕掛けも辞さないしたたかさを魅力的に表現する。これがコーエン兄弟作初出演のチャニング・テイタムは得意のダンス・テクニックを駆使して、国民的ミュージカル・スターを熱演。『バーン・アフター・リーディング』のティルダ・スウィントンはネタ探しに奔走する双子のゴシップ記者を演じる。
注目したいのは、西部劇スターとしてアクションは申し分ない出来だが、強烈な訛りで台詞がまともに話せない新進俳優、ホビー・ドイルを演じるアルデン・エーレンライク。先頃、『スター・ウォーズ』シリーズのスピンオフ作で若き日のハン・ソロ役に抜擢されたばかりの彼は26歳。09年にフランシス・フォード・コッポラ監督の『テトロ 過去を殺した男』で映画デビューして以来、パク・チャヌク監督のハリウッド・デビュー作『イノセント・ガーデン』やウディ・アレン監督の『ブルージャスミン』など、わずか7年間のキャリアながらフィルモグラフィは華々しい。本作ではレイフ・ファインズが演じるイギリス人監督から猛特訓を受けるも、まるで結果を出せない不器用な若手の能天気さを活き活きと演じ、爆笑を誘う。
ハリウッド映画史に詳しい観客なら、元ネタ探しが楽しめるだろう。そうでなくても、スターたちが織りなすドタバタコメディの愉快さに引き込まれることは間違いなし。そして、コーエン兄弟が軽快な笑いの中に潜ませた、エンターテイメント王国、ハリウッドの裏の顔も垣間見ることができる。
登場人物たちが働く「キャピトル・ピクチャーズ」は、コーエン兄弟が1991年にカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した『バートン・フィンク』にも登場する架空の映画会社だ。ハリウッドの大手から依頼を受けて脚本執筆を始めるも、スランプに苦しむ新進劇作家の物語も、これを機に併せて鑑賞するのも一興だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ヘイル、シーザー!』は5月13日より公開される。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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