(…前編「器用すぎる映画音楽家」より続く)
【映画を聴く】『ヘイル、シーザー!』後編
“無音”を音楽的に聴かせることのできる
カーター・バーウェルの持ち味
カーター・バーウェルの映画音楽家としてのキャリアは、コーエン兄弟の1984年の監督デビュー作『ブラッド・シンプル』からスタートしている。以降、すべてのコーエン兄弟監督作品のほか、スパイク・ジョーンズ監督作品など多くの話題作で作曲を担当。近年では何と言ってもケイト・ブランシェットとルーニー・マーラのW主演作『キャロル』での上品な室内楽的サウンドトラックが好評を博した。
『オー・ブラザー!』や『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』など、コーエン兄弟の監督作品には、音楽が重要な役割を占めるものが少なくない。しかし、たとえばこれら2作や『ビッグ・リボウスキ』には、音楽プロデューサーで自身もソロ作品などを発表しているT・ボーン・バーネットが音楽監修として関わっており、音楽的な肝になる部分は彼のセンスに依るところが大きかった。加えてコーエン兄弟の2人がそもそも音楽に対して造詣が深く、こだわりも強いことから、これまでの作品ではバーウェルが映画音楽家としてどの程度作品に貢献しているかが分かりにくかったことも確かだ。
しかし本作では、前編で触れたように彼の器用さがいい方向に作用している。本編のサウンドトラックはもちろん、ミュージカルや西部劇からスペクタクル超大作といった劇中劇のサウンドトラックまでを細かく作り込み、引出しの豊富さを披露している。コーエン兄弟の作品で言えば、1994年の『未来は今』で聴くことのできたオールドファッションなオーケストラ・アプローチの拡大・実践編と言えなくもない。いずれにしても『キャロル』で高まった期待にしっかり添う仕事ぶりで、今後の活躍がさらに楽しみになる。
もし本作でカーター・バーウェルの音楽に興味を持ったなら、『キャロル』と同じくトッド・ヘインズが監督を務めた1998年作品『ベルベット・ゴールドマイン』や、スパイク・ジョーンズの初期作品を改めて見返してみてほしい。映画音楽家としての個性はまだ見えにくいかもしれないが、丁寧で“無音”を音楽的に聴かせることのできる彼の持ち味を、ところどころで見つけられるはずだ。(文:伊藤隆剛/ライター)
『ヘイル、シーザー!』は5月13日より全国公開される。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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