YMOの“奇才”と“天才”の間で
高橋幸宏さんの訃報が届いて2週間が過ぎた。音楽家としてはもちろん、トム・ブラウンやプラダを着こなす筋金入りのファッショニスタ、長いキャリアを持つイシダイ釣りとフライ・フィッシングの名手といった様々な顔を持つ人だったので、その死を悼むSNSの投稿やネット記事は今も各方面からあとを絶たない。
1995年にNHKで放送された『特集・ソリトン イエローマジック~YMOの足跡』の中で、幸宏さんはYMOの3人の資質について次のような分析をしている。
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「僕から見ると、坂本(龍一)くんは努力型の“奇才”です。とても頭がよく、理論的に物事を整理できる人。で、細野晴臣という人は“天才”。いつも眠そうな顔をしているけれど、実はちゃんと起きているんです。僕はただの凡人で、2人の間を取り持つことだけが自分の役目だと思っていました。ドラマーだからね、太鼓持ちなんですね(笑)」
ひとりのファンとしてこのコメントに異論を挟むとしたら、高橋幸宏という人に一番ふさわしい形容は凡人ではなく“多才”だと思う。大ヒット曲「ライディーン」に代表される、多くの人に向けて開かれたポップ・センス、初期YMOの象徴である“赤い人民服”を考案したビジュアル・センス、これまでのミュージシャンとは違い、バラエティ番組にも積極的に出演し、時にはコントや漫才にも挑戦したユーモア・センス。こういった幸宏さん主導の因子が含まれていなければ、たとえ“奇才”と“天才”が揃っていても、YMOは今ほど歴史に残る存在にはなっていなかったはずだ。
世代や音楽ジャンルを超えて慕われた存在
その多才ぶりは、参加したバンドやユニット、コラボレーション作品、ドラマーとしての演奏参加作品の多さにも表れている。YMOのほか、サディスティック・ミカ・バンド、サディスティックス、ビートニクス、スケッチ・ショウ、HASYMO、pupa、METAFIVEといったバンドやユニットでそれぞれに印象に残る作品をいくつも残している。これは、世代や音楽ジャンルを超えて幅広い人たちと交流し、信用され、慕われていたことの証しであり、訃報を受けての国内外からの反響の多さからもそれがよく分かる。
ソロ作を初めて聴くなら90年代前半の“大人のポップス”三部作から
その一方で、ソロ・アーティストとしての高橋幸宏となると、知名度の高さほど作品について知られていない。YMOのデビュー直前にリリースされた1978年の『サラヴァ!』を起点に、20作を超えるソロ・アルバムをリリース。コンピレーション作品やライブ作品なども数多い。かなりの多作家だったので、すべての作品をフォローすることは熱心なファンでも難しいのだが、幸いなことに近年はその大半を各種サブスクリプション・サービスで聴くことができる。ソロ・アーティストとしての高橋幸宏を大掴みできる環境が整っているのだから、これを聴かない手はない。
高橋幸宏のソロ作品をこれから聴いてみようと思うなら、もちろん各種サブスクで再生回数の多い人気曲を順に聴いていってもいいのだが、たとえば手始めに1990年の『BROADCAST FROM HEAVEN』、1991年の『A DAY IN THE NEXT LIFE』、1992年の『LIFE TIME, HAPPY TIME 幸福の調子』の3作を聴いてみるのはどうだろう。バンド/ユニットとしても、ソロ・アーティストとしても、常に“時代の最先端”を追い続けてきた高橋幸宏という音楽家が、一時的に歩を止めて中道的な“大人のポップス”に正面から取り組んだ三部作である。
ビートニクスの相棒でもあるムーンライダーズの鈴木慶一の歌詞が切ない『BROADCAST FROM HEAVEN』収録の「1%の関係」、前年に大ヒットしたKANの「愛は勝つ」への幸宏流アンサー・ソングとも解釈できる『A DAY IN THE NEXT LIFE』収録の「愛はつよい stronger than iron」、“ロック界の笠智衆”と言われた『LIFE TIME, HAPPY TIME 幸福の調子』のジャケットの世界観を凝縮した「元気ならうれしいね」など、キャリア中で最もJ-POPのフィールドに親和性の高い楽曲群が並ぶ。
この路線の総決算として自身の楽曲をアコースティック編成で再演したセルフカバー・アルバム『HEART OF HURT』を1993年1月にリリース。その直後に突然YMOの“再生”が発表され、2日間の東京ドーム公演やニュー・アルバム『TECHNODON』のリリースも実現。幸宏さんは再び時代の最先端へと戻っていく。そういう意味で、90年代前半のソロ作品は長い幸宏さんのキャリアにおいては比較的地味な位置づけにあるが、同時代性が極力取り除かれたシンプルなサウンドと、時代の風雪に耐え得る言葉とメロディを兼ね備えた普遍的なポップス集として今こそ聴きたい作品ばかりである。
高橋幸宏が残した多くの作品を少しずつ味わう
「人生は一冊の本のようだ。いま『高橋幸宏』という本を読み終え、多くのファンがあとがきを書こうとしている。物語は終わったが本は消えず、ずっとそこにある」
細野晴臣さんが発表したこのコメントで、気持ちが整理されたファンは多いだろう。僕もそのひとりだ。リアルタイムで高橋幸宏という音楽家の作品に触れられなかった世代の方たちも、これからその“本”を読むことはできる。読みきれないほどたくさん残されたその本たちを、少しずつ味わってほしいと思う。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
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