(…前編「主題歌は17歳の新人シンガー」より続く)
【映画を聴く】『世界から猫が消えたなら』後編
小林武史の才覚の鋭さを実感!
全方位的に気合いの入った『せか猫』
『世界から猫が消えたなら』の音楽を担当する小林武史は、日本のポップスの分野ではもっとも名前の知られた音楽プロデューサーのひとりだ。サザンオールスターズやMr.Childrenをはじめ、レミオロメン、Salyu、一青窈、鬼束ちひろ、大貫妙子、BEGIN、小泉今日子、渡辺美里、SMAP、綾瀬はるか、自身もメンバーとして在籍したMy Little LoverやYEN TOWN BANDらのプロデュース、楽曲提供、編曲、演奏、PV監督などを幅広く行なっている。
ただ、90年代に同じ“TK”としてよく比較された小室哲哉や、きゃりーぱみゅぱみゅやPerfumeを手がける中田ヤスタカらに比べると、彼の手がけた作品にプロデューサーとして一貫したサウンドを聴き取ることは難しい。自身の作風に歌い手を取り込む小室や中田のスタイルとは異なり、小林武史はあくまでも歌い手やバンドの個性を生かしながら可能性を引き出すことを得意とするプロデューサーだ。最近では多部未華子主演『あやしい彼女』の主題歌に起用されたanderlustのデビュー曲「帰り道」もその典型例で、ヴォーカルでソングライターの越野アンナと共同で作詞/作曲している。
そんな中、17歳の新人シンガー、HARUHIが歌う本作の主題歌「ひずみ」ではプロデュースはもちろん、作詞/作曲/編曲も単独で担当。映画の世界観を補間しながら、HARUHIの歌い手としての魅力にもしっかり光を当てたミドル・テンポのバラードになっている。もともとHARUHIは自身でも作詞/作曲するシンガー・ソングライターで、デビュー・シングルとなるこの「ひずみ」のカップリングにも自作曲を収録しているが、彼女の声を生かしきった「ひずみ」のハマり具合は、ある意味で自作曲以上。改めてプロデューサーとしての才覚の鋭さを感じさせる。
佐藤健が「自分のキャリアにとって、絶対に勝たねばならない勝負作」と語るこの『世界から猫が消えたなら』。キャスティングの豪華さと原作の人気に話題が集中しがちだが、音楽を含め全方位的に気合いの入った作品であることは間違いない。(文:伊藤隆剛/ライター)
『世界から猫が消えたなら』は5月14日より全国公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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