【映画を聴く】『LISTEN リッスン』後編
無音でいかに音楽を“聴かせる”か?
共同監督である牧原依里氏と雫境(DAKEI)氏の考える“聾者の音楽”を映像化するため、本作『LISTEN リッスン』には「日本ろう者劇団」の団員、牧原監督の大学時代からの友人、聾の父娘、聾の夫婦など多くの人々が登場し、それぞれの表現で自己の内面で鳴る音楽を表現している。
中でも「日本ろう者劇団」の発起人であり、「アメリカデフシアター」の俳優としての活動歴もある米内山明宏氏による「四季」というタイトルの手話詩は、この分野のパイオニアらしい完成度の高い世界観で見る者に彼の内面で鳴る音楽を伝える。前編で触れたように本作は完全に無音のサイレント映画だが、ここでの米内山氏の緩やかな表情と手の動きは、どこかメロディアスでゆったりとした旋律を想起させる。牧原監督と雫境監督が氏のパフォーマンスをきっかけに「手話にも音楽があるのでは」と考え始めたというのも頷ける、本作の見どころのひとつだ。
牧原監督の友人たちが繰り広げる「合奏」は、メロディというよりリズムを強烈に感じさせるパフォーマンス。もともと即興的に組み合わされた手話を複数人でふざけて真似し合っているうちに合奏になっていたというもので、各自のビートのタイム感が次第にシンクロして見事な合奏に昇華されていく様子は、まさに可視化された音楽だ。そのほかにも手話の固有名詞や動詞を組み合わせながら手話本来の意味を超える表現を目指した「花の舞い」や、牧原監督が映画を撮ると決めた段階からフィーチャーしたいと考えていたという彼女の友人による「聾の鳥」などが披露される。
“聾者の音楽”の映像化を図った本作だが、そもそも聴覚を持つ者には“聾者の音楽”を細部まで正確に知り尽くすことなどできないし、その反対もまたしかり。聴覚を持つ者は、ここで見ることのできる映像を自身の音楽体験に当てはめながら“聾者の音楽”を自分なりに想像することになる。ただ、本作はそこに留まることなく見る側の想像力を自由に飛翔させるきっかけを与えてくれる。MP3など安易に聴ける圧縮音源から、CD以上の音質を持つと言われるハイレゾ音源、アナログレコードの復権まで、現在の音楽リスニングを取り巻く環境は多様化(もしくは両極化)するばかりだが、本作の発するメッセージはそういったことに左右されない根本的かつ普遍的なものだ。聴覚を持つ者と持たない者の架け橋になると同時に、音楽そのものの価値を改めて問いかけるような、重みのあるドキュメンタリーだと感じた。(文:伊藤隆剛/ライター)
『LISTEN リッスン』は5月14日より全国公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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