『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』
ダルトン・トランボの名前に聞き覚えはなくとも、彼が脚本を手がけた映画を見たことはあるはず。『ローマの休日』、『スパルタカス』、『ジョニーは戦場へ行った』、そして『パピヨン』。こうした名作の数々を、時に偽名の使用を余儀なくされながら執筆し、他人の名でアカデミー賞を2度受賞した名脚本家の実話を映画化した『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』。冷戦時代の幕開けとともに吹き荒れた“赤狩り”によってハリウッドを追放されたトランボの半生を描く。
1930年代から活躍してきた人気脚本家・トランボは、アメリカの共産党に入党した経歴や左翼的な作風から、下院非米活動委員会によってブラックリストに載せられ、議会に召還されながら証言を拒否した10人「ハリウッド・テン」の1人となり、議会侮辱罪で約1年間投獄された。出所後もハリウッドには彼の居場所はない。だが、優れた書き手であり、妻と幼い子どもたちを愛する家庭人でもあった彼は、いくつもの偽名を使い分けながら脚本を量産していく道を選ぶ。その中には友人の脚本家、イアン・マクラレン・ハンター名義の『ローマの休日』、ロバート・リッチ名義の『黒い牡牛』もあり、この2本はアカデミー賞脚本賞に輝いた。もちろん授賞式にトランボの姿はなかった。
陰の存在のまま過ごす屈辱に浸るよりも、職人としてアクション、SF、ホラー、ドラマと幅広いジャンルの脚本の執筆やリライトに打ち込むトランボを演じるのは、TVシリーズ『ブレイキング・バッド』のブライアン・クランストン。家族につらい思いをさせていることを十分承知のうえで、なおも絶対に権力に屈せず、信念を貫く男の矜持が見える。小さなわが子たちまで総動員で電話番をさせ、自宅でバスタブに半身を沈めながらペンを離さない。天才にして勤勉というトランボの飄々とした魅力を表現する。
トランボの名前がハリウッド映画のクレジットに13年ぶり復活したのはスタンリー・キューブリック監督の『スパルタカス』(1960年)だ。主演のカーク・ダグラスが自らトランボの元へ足を運び、同作の脚本の手直しと追加シーンの執筆を依頼するエピソードをはじめ、ブラックリストに載った俳優エドワード・G・ロビンソンや、活動の場を失った「ハリウッド・テン」の人々の苦難も描かれ、ハリウッドの負の歴史を垣間見ることができる。そして、急激に世界が変わりつつある今、赤狩りの狂気は形を変えて社会のあちこちに姿を見せ始めているようでもあり、半世紀以上前の実話は“過去の他人事”で済まない警鐘として響いた。
監督は『オースティン・パワーズ』シリーズや『ミート・ザ・ペアレンツ』のジェイ・ローチ。コメディの中でも「おばか」と形容される作品を手がけてきたローチによる直球のシリアスドラマだが、ところどころに得も言われぬおかしみがあるのは、彼らしい。(文:冨永由紀/映画ライター)
『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』は7月22日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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