真実から美しい物語を紡ぎ出すスピルバーグ監督の真骨頂にて集大成『フェイブルマンズ』
#ジョン・ウィリアムズ#スティーヴン・スピルバーグ#トニー・クシュナー#フェイブルマンズ#ポール・ダノ#ミシェル・ウィリアムズ#レビュー#週末シネマ
“見る”よりも“作る”にことに夢中になった少年
【週末シネマ】ハリウッドが世界に誇る巨匠はいかにして映画監督になったのか? スティーヴン・スピルバーグの自伝的作品である『フェイブルマンズ』は、幼い少年が両親と初めて映画館に行くという原体験の再現から始まる。
・スティーヴン・スピルバーグが名誉金熊賞を受賞!「私はこれで終わりとは決して言いたくないのです」
スピルバーグが自身を投影したサミー・フェイブルマンは暗闇を怖がる少年。だが、科学者の父・バートとピアニストの母・ミッツィに連れられて、映画館で『地上最大のショウ』(52年)を見るや、大画面のスペクタクルに心を奪われる。劇中に出てきた列車の衝突シーンに魅せられたサミーは取り憑かれたように、自宅で玩具の汽車を使って衝突事故を何度も再現した。母はそんな息子に8ミリカメラを与え、衝突シーンを撮影・編集すれば、繰り返し再生できるようになると教える。するとサミーは妹たちを演者に、次々と作品を撮っていく。最初から、映画を“見る”よりも“作る”ことに夢中になる様子が運命的だ。
“フェイブルマン一家”の絆を愛情深くも赤裸々に描く
タイトルが『フェイブルマンズ』、つまり“フェイブルマン一家”であることにも注目したい。本作は、スピルバーグが類稀なる優れたストーリーテラーとなっていった軌跡に家族の存在が欠かせないことを描いている。そして、それは甘ったるい“家族の絆”などではない。
フェイブルマン家は両親と4人の子どもたち、そして家族同然の存在として、バートの同僚で親友でもあるベニーがいる。バートが出世するたびに一家は引っ越しを重ねるが、バートが家族だけで新天地に向かおうとすると、「親友を助けるのは当然」と言う妻に説得されて、ベニーも連れていく。その頃から、フェイブルマン夫妻はどこか噛み合わずにいるのが伝わってくる。
サミーの両親を演じるミシェル・ウィリアムズとポール・ダノは、外見や物腰もスピルバーグの両親に似せている。理論派のバートと芸術家の自由さを纏うミッツィを演じた2人は共に本作でアカデミー賞(主演女優賞、助演男優賞)候補となった。分かり合えないことを分かり合う夫婦の苦悩が滲み、それを間近で見続け、何かを感じ続けた子どもたちの心の気配も感じ取れる。
スピルバーグは壊れた家庭を映画で描き続けてきた。視点は親を見つめる子どものもの。それは本作でも変わらないが、かつて『未知との遭遇』や『E.T.』に登場する子どもたちに共感した観客は今、サミーの両親と同世代になっている。そして自身も70代後半となったスピルバーグは2020年、父のアーノルド氏が103歳で亡くなったことを受けて、20年以上温めてきたこの企画をついに実現させた。母のリア氏は2017年に他界しており、両親を見送って「孤児になった」と語るスピルバーグは、驚くほど赤裸々に、同時に愛情深く、フェイブルマン夫妻を描くことで両親に寄り添う。
自ら撮った映像で母の秘密を知り…
技術的には難曲でないが美しい名曲をピアノで弾き、車のライトに照らされて夜の闇の中で踊るミッツィの女神のような佇まい、芸術家になりきれなかった悲しみを体現するウィリアムズも、家族を愛しながらも、それ以上に研究者としての孤高を深める父を演じるダノも、共に最高の演技を見せている。
思春期を迎え、8ミリでホームムーヴィーを撮り続けるサミーは映像を編集しているうちに、母とベニーが交わす視線やふとした仕草から、2人の関係に気づく。ずっと生身で接してきたのに見過ごしていたものを、自ら撮った映像によって目の当たりにし、のちに自分の作品が被写体を傷つけるという可能性にも直面する。フェイブルマン家を訪れた大伯父のボリスが、芸術について「輝く栄冠をもたらす。だが、一方で孤独をもたらす」と忠告する言葉も胸を突く。
両親が存命中はこの映画を作らなかった優しさ
先ごろ、ベルリン国際映画祭で生涯功労賞に当たる名誉金熊賞を受賞した際、スピルバーグは「変化や喪失が積み重なると、自分の人生の多くの部分が記憶の中に存在することに気づく。だから『フェイブルマンズ』を作りました」と語った。両親の存命中は製作を躊躇った優しさも、パンデミックの最中に人生を振り返って作る決意をしたことも、全ては必然だ。
スピルバーグを理解する才能が集まり作り上げた総合芸術
音楽のジョン・ウィリアムズとのコラボレーションは、『ジョーズ』(75年)を作り始めた時からで、ほぼ50年になるという。スピルバーグと共に名作を作り続け、彼を深く理解する才能たちが集って、最も個人的な物語を一緒に作り上げた。映画は総合芸術という言葉を思い出す。
『ミュンヘン』(05年)、『リンカーン』(12年)、『ウエスト・サイド・ストーリー』(20年)でスピルバーグと組んだトニー・クシュナーが長年に渡って聞き続け、その度に「映画にするべきだ」と勧めたスピルバーグの半生を、本人と2人でまとめ上げた脚本は見事。ホームコメディの温かさ、大人たちの複雑なドラマ、ユダヤ系というアイデンティティ、スクールカーストの定石では語れない学園生活など思春期のほろ苦さ。あらゆる要素が、夢を見つけて一心に突き進むサミーと映画という関係に収斂される。
スピルバーグはもちろんサミーでもあるが、大伯父ボリスでもある。ボリスの大言壮語に思わず「この人、嘘ついてるの?」と聞く息子にバートはこう答える。「違う。お話を語っているだけだ」。
記憶して伝えること。事実を伝えるのがドキュメンタリーならば、フィクションは真実を語るためにある。『フェイブルマンズ』は、真実から美しい物語を紡ぎ出すフィクションのマスター、スピルバーグの現時点での集大成だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『フェイブルマンズ』は2023年3月3日より全国公開中。
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