『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲(プレリュード)』
恋愛映画不朽の名作『男と女』(1966年)のクロード・ルルーシュ監督が、ダバダバダ…という男女のスキャットで有名なテーマ曲を手がけたフランシス・レイと新たに組み、インドを舞台に大人の恋を描いた『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲(プレリュード)』。リブートでもリメイクでもないが、同じ精神で地続きのテーマを持つ変奏曲のような作品だ。
主人公の男と女は、売れっ子の作曲家、アントワーヌと外交官夫人のアンナ。インド映画界に招かれ、現地版の『ロミオとジュリエット』の音楽を担当することになったアントワーヌはニューデリーに赴く。歓迎の晩餐会で出会ったのがフランス大使夫人のアンナだ。惹かれ合いながらも互いにパートナーを持つ身の2人は友人として会話や食事を楽しみながら、交流を深めていく。アンナにはある切実な望みがあり、インド南部への旅を計画していた。夫との間に子どもを授かりたいと願う彼女は、訪問者を抱擁することで癒す聖者に会いに行こうと考えたのだ。インドに来て以来、原因不明の体調不良に悩んでいたアントワーヌも彼女に同行、ニューデリーからムンバイ、ケーララへの2日間の列車旅行が始まる。
理性よりも感情を優先し始める主人公たちから感じるのは、誰かを愛することと誰かに恋することの違いだ。エキゾティックな土地で、聖者に会うための巡礼の旅。そんな非日常のシチュエーションに流され、やがて自分も他人も大いに傷つける2人の姿に、愛と恋の差異を考えたくなる。アンナの夫を演じるクリストフ・ランベール、アントワーヌの恋人を演じるアリス・ポルがしっかりと存在感を示して主張し、4人それぞれが煩悶しながら自ら進むべき方向を選んでいく。綺麗事でも、かっこよく決まり切るわけでもない登場人物1人1人の人間らしさが愛おしい。
恋が恋のまま終わることもあれば、そこから愛が生まれることもある。終わりもまた始まりである物語。50年前、傑作を作った時はまだ20代だったルルーシュが、80歳を目前に新たに提示する男と女の愛の軌跡は、まさに自身の恋愛哲学の決定版と言えそうだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲』は2016年9月3日より公開。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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