【男達の遠吠え】『沓掛時次郎 遊侠一匹』前編
「俺の仁義は締まらねぇなぁ」
渥美清といえば、1969年に第一作が公開され、それから48本の作品が制作された国民的シリーズ『男はつらいよ』で知られる昭和の大スターだが、今回は“寅さん”以前に出演した任侠(にんきょう)映画の傑作『沓掛時次郎 遊侠一匹』(1966年)を紹介したい。
原作は「瞼の母」「関の弥太ッペ」など、股旅ものの傑作を数多く発表した大衆演劇の巨星・長谷川伸の同名戯曲。これまで本作も含めて8度の映画化がされており、今年も、本作をモチーフとした舞台「遊侠 沓掛時次郎」が段田安則、戸田恵子らの出演で上演されたばかりである。本作の主人公は信州の沓掛宿のやくざ者・時次郎(中村錦之助)。一宿一飯の義理から斬り殺した六ッ田の三蔵(東千代之介)との義理を果たすべく、三蔵の女房おきぬ(池内淳子)と息子の太郎吉の面倒を見ることになるが……という物語だ。
「いいなぁ。兄貴の仁義は。何度聞いても胸がスカッとすらぁ。それで言うと俺の仁義は締まらねぇなぁ」というセリフからも、それが朝吉自身の仁義ではないことが分かる。おそらく兄貴分の仁義を何度も何度もそらんじていたのだろう。そうやってやくざ稼業にあこがれる朝吉に対して、時次郎はやくざ稼業というものにつくづく嫌気が差していた。「お前、身延に戻って百姓に戻ったらどうだ。お前みたいな人のいいヤツは渡世人には向かないよ」と朝吉をやくざの世界から足を洗わせようとするが、当の朝吉は聞く耳を持たない。
その後、旅先で腰を落ち着けた朝吉は、「野澤屋」という女郎屋で女遊びに出掛けることにする。しかし、「野澤屋」のお松(三原葉子)からは、「日本中のスケベを一人で引き受けたようなツラのヤツ」と言われてしまう。しかもドカッと寝転んだお松は「来い来い」と完全にナメた態度。これには朝吉もカッときて、「俺を誰だと思っているんだ!」と背中の入れ墨を見せて男の沽券(こけん)を示そうとするも、それが途中でやめてしまった描きかけの入れ墨だというからどうにも締まらない。
そんな朝吉に、お松は「強がりはいい加減におしよ。もっといいモン見せてやろうか」とニヤリ。お松の背中には大蛇、太ももには蟹という立派な入れ墨が彫り込まれていたのだ。それには朝吉も「姐(あね)さん、どうもおそれ入りやした」とシュンとした様子を見せて、観客を笑わせる。渥美清という役者は、こういった緩急のきいた芝居をさせると本当にうまい。
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