『奇蹟がくれた数式』
貧しい家庭に生まれ、正式な教育を受ける機会に恵まれなかったにもかかわらず、類い稀な直観を磨き、20世紀初頭に数々の定理を発見したインドの夭折の数学者、シュリニヴァーサ・ラマヌジャン。英国の名門ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに招かれた彼が、その功績を正式に認めてもらうまでの苦難の道のりを、彼を招聘したG・H・ハーディ教授との交流を通して描く。
『グッドウィル・ハンティング 旅立ち』で、マット・デイモンが演じた主人公の才能を例えるのに名前を出されたのが、本作の主人公の青年、ラマヌジャンだ。港湾事務所で働きながら、第一線で活躍する学者も驚く発見をしていたラマヌジャンは自らハーディ教授に手紙をしたため、ケンブリッジに招かれる。シンデレラ・ストーリーのようだが、1914年当時、27歳で愛妻を残してインドから英国へ向かうことは、夫婦にとっては今生の別れに近い感覚があり、そこまでして赴いたイギリスでは、植民地インドから来た学歴もない身分の低い男として差別される。
大志を抱いて海を渡ったものの、厳しく残酷な現実に直面するラマヌジャンを演じるのはアカデミー賞受賞作『スラムドッグ$ミリオネア』(08年)で注目されたデヴ・パテル。逆境で苦闘を続ける若き天才を好演している。学問一筋で他者との関わりをほとんど持たないハーディを演じるのはジェレミー・アイアンズ。身分も年齢も育った文化も違う2人が1つの目的を目指して進む様子を、新鋭のマシュー・ブラウン監督は奇を衒わず丁寧に描いていく。
撮影は実際にトリニティ・カレッジで行われ、古い街並みや風俗の再現の完成度は高い。ときおり挟まれる、インドに暮らす妻とラマヌジャンの母親の描写から見えてくるインドの価値観も興味深い。数学の描写についてはフィールズ賞を受賞したインド系カナダ人の数学者マンジュル・バルガヴァと日系アメリカ人数学者のケン・オノが監修にあたり、映画を見た数学者たちから高く評価されている。
学問への献身が作品の軸だが、観客に数学の知識がなくても主人公たちの情熱が心に響き、社会的な立場を超えて互いの違いを認め合う物語として力強い。心身に鞭打って研究を続けた結果、結核を患ったラマヌジャンが病床でハーディと「閃き」について語り合う場面が印象的だ。信仰に篤いラマヌジャンの言葉に無神論者のハーディは耳を傾ける。自分とは違う信念、発想を否定せず、認めて尊重する。これはいつの時代においても、いかなる物事に対しても、最も大切にしなければならないことではないだろうか。(文:冨永由紀/映画ライター)
『奇蹟がくれた数式』は10月22日より全国順次公開。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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