【映画を聴く】『誰のせいでもない』前編
従来のヴェンダース作品からは想像できないサプライズ
冒頭、ふわふわと玉ボケが舞う中で、1分ほどピアノのロングトーンが続く。その背後でざわざわとくすぶっていたストリングスがおもむろにメロドラマのような楽曲を奏で始めると同時に映像の焦点も定まり、使い込まれた手帳が映し出される。その後に現れる英題は『EVERY THINGS WILL BE FINE(すべてうまくいく)』。『誰のせいでもない』という邦題に比べると、いくらかポジティブな印象を受ける。そんなタイトルバックを見るだけでも、本作はこれまでのヴィム・ヴェンダース監督作品と少し趣が異なることが分かる。
ヴェンダースといえば、音楽と密接なつながりを持つ作品がとても多い。ドキュメンタリーではあの『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』や『ソウル・オブ・マン』といった作品があるし、『パリ、テキサス』や『エンド・オブ・バイオレンス』にはライ・クーダー、『アメリカ、家族のいる風景』にはT・ボーン・バーネットといったミュージシャンを起用。『ミリオンダラー・ホテル』はU2のボノの原作を映画化したもので、これもダニエル・ラノワやブライアン・イーノほか、通好みなミュージシャンが選ばれていた。もちろん例外もあるが、映画音楽家然とした人よりは自分の名前でアーティスト活動をし、作品を出している人と組むことが多く、そういう意味では今回のアレクサンドル・デスプラという人選は従来のヴェンダース作品からは想像できない、サプライズと言ってもいいものだ。
本作の音楽のトーンは、彼の手がけた作品で言えば昨年公開の『リリーのすべて』に近く、先述のようなメロドラマ調の室内楽が中心だ。これまでのヴェンダース作品よりも音楽の使われる頻度がずいぶん多く、しかもその大半は登場人物の感情や状況を見る者に予感させるために使われている。一見穏やかなシーンにひどく重厚で緊張感のあるメロディがあてられたり、浮かない顔の主人公のアップに開放的なオーケストレーションがあてられたり。少し説明的すぎると感じる部分もあるものの、音楽が船頭となって12年という長い年月を描いた物語をスムーズに見せてくれる(後編へ続く…)。
(中編「酸いも甘いも経験した“なまいきシャルロット”がもの悲しいシングルマザーに」に続く…)
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