『胸騒ぎのシチリア』
イタリア南部、シチリアの孤島で年下の恋人とお忍びバカンス中のロック・スターのもとに、元恋人の音楽プロデューサーが年頃の娘を連れて乗り込んでくる。声帯を痛めて声の出ない歌姫と、年下でハンサムな撮影カメラマン。日光浴を楽しむ2人にジェット機の影が横切っていく。まさに胸騒ぎを呼び起こすオープニングで幕を開ける『胸騒ぎのシチリア』は、アラン・ドロンとロミー・シュナイダー主演の『太陽が知っている』(69年)のリメイク。人を避けるように2人だけの世界を楽しんでいたところに、騒がしい闖入者が現れ、男と女が2人ずつになり、奇妙な空気が流れ始める。
・オスカー女優ティルダ・スウィントンが55歳とは思えない美ボディ披露!
ライブではスタジアムを満員にさせる人気スター、マリアンの年齢は40代後半から50代前半だろうか。年下の恋人で撮影監督のポールは一回りくらいは若そうだ。ドクターストップで声を出せない彼女を甲斐甲斐しく世話しながら、のんびりと2人だけの気ままな時間を楽しんでいる。そこにいきなり、電話一本で有無を言わさず押しかけてきたのがマリアンの元恋人で音楽プロデューサーのハリーだ。去年初めてその存在を知ったという実の娘を連れている。
『ミラノ、愛に生きる』で洗練されたタッチが注目されたイタリアのルカ・グァダニーノ監督が、『ミラノ〜』に続いてティルダ・スウィントンをヒロインに据えた本作には、レイフ・ファインズ、ダコタ・ジョンソン、マティアス・スーナールツという映画好きなら注目の個性派がキャストされている。
10年ほど前はすっかりオバサン体型になっていたスウィントンは、年齢を重ねてシャープさを取り戻し、カリスマ・シンガーという設定にはまる。『太陽が〜』のロミー・シュナイダーの着こなしは今もバカンス・ファッションのお手本として挙げられるが、本作では彼女の衣装をラフ・シモンズが担当し、一見シンプルながら細部まで隙のないワードローブも見ていて楽しい。
しかし本作では、彼女が演じるヒロインに吸い寄せられるように集まってきた3人の男女のキャラクターが魅力的だ。マリオン・コティヤールの相手役を演じた『君と歩く世界』で注目されたスールナーツは『ヴェルサイユの宮廷庭師』でケイト・ウィンスレット、『フランス組曲』でミシェル・ウィリアムズ、『リリーのすべて』ではアリシア・ヴィキャンデル、と当代きっての“ヒロインの相手役”俳優だが、今回も年上で大スターを恋人に持ち、さらに彼女の元恋人の上から目線の攻撃に耐える役どころを好演。セクシーで、何を考えているのかわからないミステリアスな娘・ペンを演じるジョンソンは、思わせぶりな視線や仕草が印象的で、容姿は大人だか心は不安定という若さを見事に表現する。
そして怪演を見せるのが、ローリング・ストーンズのアルバムを手がけたという設定の音楽プロデューサー、ハリーを演じるファインズだ。声も話もやたら大きく、ストーンズの曲をかけながらプールサイドで躍り狂う。もちろん架空の人物なのだが、彼の口から飛び出すのは実在のミュージシャンの名前、彼が明かすストーンズのレコーディングのトリビアは監督がメンバーから聞き出した実話という事実が妙なリアリティを生み出す。
躁状態のハリーが引っ掻き回すセレブの夏休みは、中盤までの騒々しさが徐々に鎮まっていく。そして元ネタである『太陽が知っている』の原題でもあるプールである事件が起き……というあらすじもオリジナルをしっかりなぞっているのだが、ノスタルジックではなく2010年代という現代を感じる描き方だ。
自制したい、していると思うカップルが、自由すぎる奔放な父娘によって揺らぎ出す物語には、69年になかったもの−−スマートフォンやネット配信の映画、そしてセレブ崇拝が登場し、スパイスになっている。そしてもう1つ印象的なのは、若さの底知れなさだ。欧米では年齢を重ねた大人の女性は歓迎されるというが、それでもやはり年をとった女性は若さを恐れている。それは外見よりも内面の話なのかもしれない。未熟な者特有の残酷な危うさはメインのテーマではないのだが、心に残る。(文:冨永由紀/映画ライター)
『胸騒ぎのシチリア』は11月19日より全国順次公開。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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