『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』
カーネギー・ホールのアーカイブで最多リクエストを誇るソプラノ歌手の実話を基にした『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』。こう書くと、類い稀な美声の持ち主の華麗な半生を想像しがちだが、ヒロインのフローレンス・フォスター・ジェンキンスの最大の個性は、あり得ないほどの音痴であることだ。そんな彼女が3000席近い大会場でリサイタルを開けたのはなぜか、そしてその歌声は聴衆にどう受けとめられ、周囲は彼女とどう接していたのかが描かれていく。
・生涯現役宣言!/『マダム・フローレンス!』M・ストリープ インタビュー
ヒロインのフローレンスは、1940年代のニューヨークで夫と2人暮らしの資産家のマダム。音楽家を支援するクラブを運営し、自らも舞台に立って、オペラを歌う。観客は社交界のお仲間ばかりで、どんな凄まじい歌声を聴かされても笑顔で拍手喝采を送る。たまに、新聞記者がフェアな視点で酷評記事を書いても、年下の夫・シンクレアは新聞を買い占めたり、事前に記者を買収したり、最愛の妻に現実を見せないように必死の努力をしている。耳に入ってくるのは高評ばかりで、次第に野心を膨らませるフローレンスはついにカーネギー・ホールの舞台に立つことを決意。メトロポリタン・オペラの指導者にレッスンを請い、伴奏者として真面目で実力もある青年・コズメを雇って練習に励む。幸せな勘違いをしたまま、チケット完売のカーネギー・ホール公演の日を迎えたフローレンスを聴衆はどう受けとめるか。
こうした極端なキャラクターに、やり過ぎに見えない微妙なさじ加減でやってみせるストリープの巧さ、演じるキャラクターとしても共演者としても彼女を立てるグラント、コズメ役のサイモン・ヘルバーグの好演、『あなたを抱きしめる日まで』や『ハイ・フィデリティ』で知られる英国の名匠、スティーヴン・フリアーズ監督の演出が品良く、心温まるストーリーを紡ぎ出していく。笑いをまぶしながら、ふとした瞬間にちらりと見えるフローレンスの悲しい過去やシンクレアとの複雑な関係のエピソードが心に沁みる。(文:冨永由紀/映画ライター)
『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』は12月1日より全国公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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