セーヌ川に浮かぶユニークなデイケアセンター
【週末シネマ】今年2月、第73回ベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞を受賞した日仏合作のドキュメンタリー『アダマン号に乗って』は、フランス・パリのデイケアセンターが舞台だ。セザール賞や全米映画批評家協会賞などを受賞した『ぼくの好きな先生』(02年)や『人生、ただいま修行中』(18年)など、ひたむきに生きる人々と社会のドキュメンタリーを作り続けてきたニコラ・フィリベール監督の最新作で、日本の配給会社ロングライドが共同製作に参加している。
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「アダマン号」はセーヌ川に浮かぶ木造建築の施設の名前だ。そこでは精神的、心理的な障害に苦しむ年齢も社会的背景も様々な人々を迎え入れ、クリエイティブな活動を通じて彼らが社会との繋がりを取り戻せるようにサポートする。
冒頭のシーンで、利用者の男性が1970年代後半から80年代にかけて活躍したフランスのパンクロック・バンド、テレフォンの代表曲「La bombe humaine(人間爆弾)」を熱唱する。ちょっと長い……と思い始めるが、物事を適当に切り上げない作りは、この作品のテーマそのものを表している。
デイケアセンター利用者の日常を丁寧に誠実に映し出す
撮影は、コロナ禍がまだ続いていた2021年5月から11月にかけて断続的に行われた。パリの4つの区から通ってくる利用者たちは撮影されていることを意識したりしなかったり、とにかくカメラの前でそのままの自分を見せる。
ワークショップで絵を描いたり、音楽を奏でたり、みんなでジャムを作ったり、誇大妄想の身の上話を真剣に語ったり。予定調和にならない彼らの自由さ、豊かで鋭い感受性、ユーモアに驚かされる。
もちろんカメラをただ回しっぱなしにするわけはなく、素材を編集しているが、その切り取りの丁寧さ、誠実さが印象的だ。わかりやすい結論を用意せず、説明もしない。
職員たちのミーティングやワークショップなどの撮影とは別に、個別に利用者たちにインタビューする際は監督がカメラを回して一対一で撮影することも多かったという。里親に預けたわが子と離れ離れになった女性、戻れない祖国の歌を涙ながらに口ずさむ女性もいる。
混沌とした世の中だからこそ護るべきものとは?
医師や職員たちは1人1人の境遇や状況を把握したうえで、利用者との立場の違いという垣根を取り払って接する。その日常を見ているうちに、こちらも彼らの世界に入り込み、アダマン号のコミュニティに同化していた。
疫病、戦争と混沌を極める殺伐とした社会の中で、アダマン号の中はユートピアのようだ。多様性、包摂性という言葉が軽々しく使われるが、その真意が形となっている。人々が集い暮らすこの世界にいる限り、最も大切に護らなければならないものだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『アダマン号に乗って』は、2023年4月28日より公開中。
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