心ない言葉もポジティブなものに変えるパワーがそこにある!

#週末シネマ

『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』
(C)2015, Silk Road Project Inc., All Rights Reserved
『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』
(C)2015, Silk Road Project Inc., All Rights Reserved

『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』

世界的チェロ奏者、ヨーヨー・マが2000年から始めた「シルクロード・アンサンブル」は、シルクロードに沿った多国籍の音楽家同士の交流から新たな音楽を生み出すプロジェクト。そして、ヨーロッパ、中東、アジアから集まった50人以上のミュージシャンが奏でる音楽、彼らの背景に迫るドキュメンタリー『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』は、パリで生まれた中国系アメリカ人であるヨーヨー・マのアイデンティティ追求、芸術が文化や言葉の壁を越えて人間同士をつなぐ美しさをとらえている。

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映画は数人のメンバーにフォーカスする。ヨーヨー・マを中心に、イランの弦楽器「ケマンチェ」奏者のケイハン・カルホール、中国琵琶奏者のウー・マン、シリア出身のクラリネット奏者キナン・アズメ、スペインのケルト文化圏・ガリシア地方のバグパイプ(ガイタ)奏者のクリスティーナ・パト。政治的、民族的に複雑な事情に直面しながら音楽家として生きる彼らの現実は、自国を離れざるを得ない苦しみや伝統の継承の難しさを浮き彫りにし、そのまま世界の縮図になる。カメラは彼らを追って、後継者不足に悩む中国の人形劇演奏団、シリアの難民キャンプの子どもたちにも光をあてている。

2000年、9.11が起きる直前に「互いに知らない者同士が集まると、一体何が起きるのだろう」という好奇心からスタートしたワークショップはその後、現在に至るまで続くプロジェクトになった。だが、集った音楽家たちのルーツを活かした演奏には当初、賛否両論が寄せられたという。ヨーヨー・マ自身が「“文化観光”と揶揄されたこともある」と自嘲気味に語っている。だが、当事者にとって不本意な響きかもしれないその言葉は、受け手側にとっては「それで何が悪い?」という気がしなくもない。もちろん冷笑の意味を込めた表現なのだが、アンサンブルの演奏を通して、見たことのないもの、聴いたことのないものを知る喜びに耽溺する我々は紛れもなく様々な文化を観光しているし、異文化に魅了され、そこから尊敬の念も生まれてくるのだ。心ない言葉もポジティブなものに変えるパワーがそこにある。

芸術、文化、個人、国家。それぞれの関係性について深く考えさせられる。映画が作られた2015年の時点で、中東出身者たちはすでに大きな苦しみを抱えていたが、アメリカでは1月のトランプ政権発足後に中東・アフリカ7ヵ国からの入国を一時禁止する大統領令が出されるなど、状況はさらに悪化している。

監督は『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』で2014年にアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞したモーガン・ネヴィル。音楽、芸術を愛する者への尊敬に満ちた本作は、今最も必要とされ、決して諦めてはいけない希望を誠実に描いている。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』は3月4日より全国。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。