サラ・ポーリーが監督作『ウーマン・トーキング 私たちの選択』でアカデミー賞脚色賞受賞、子役からの歩みと半生
『スウィート ヒアアフター』の少女は、20代で監督業にも進出
【この俳優に注目】1980~90年代のミニシアター・ブームの頃に映画館へ通いつめていた人ならば、サラ・ポーリーの活躍は記憶に鮮明だろう。テリー・ギリアム監督の『バロン』(89年)やアトム・エゴヤン監督の『スウィート ヒアアフター』(97年)、あるいは2003年に主演した『死ぬまでにしたい10のこと』、TVシリーズ『アボンリーへの道』(90年~94年)の主人公セーラを演じていた姿も印象に強いかもしれない。
20代から監督業にも進出した彼女は今年2月、第95回アカデミー賞で、自身の監督作『ウーマン・トーキング 私たちの選択』(22年)で脚色賞を受賞した。
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原題は“ウィメン(Women)=女性たち”と複数形で、“話す女性たち”という意味になるが、彼女は受賞スピーチで「“女性(Women)”と“話す(Talking)”という単語をこんなに近い距離に一緒にあっても、心外に思わないでくれたアカデミー賞に感謝します」と、ジョークに包んで笑いを誘いつつ、男女平等とはまだ言えない映画界を風刺した。
自らの出生の秘密を探りドキュメンタリー映画に
1979年1月8日にカナダのトロントに生まれたポーリーは4歳から子役として、多くの映画、ドラマに出演してきた。複雑な背景を持つキャラクターを演じることが多いが、彼女自身も様々な困難や苦悩を経験して現在に至っている。
女優だった母親は彼女が11歳の時にがんで亡くなり、ポーリー自身は幼少期に重度の脊椎側湾症に苦しみ、15歳で手術を受けて1年間療養生活を送った。そして成人してから、自分の父親は母の不倫相手だったことを知る。彼女はその事実をドキュメンタリー『物語る私たち』(12年)にまとめた。育ての父親と実の父親、一緒に育った兄姉たちが母について語り、共に笑い、涙しながら愛情深く家族とその秘密を作品に紡ぎ出す。相手に寄り添う温かな心が彼女の原動力だ。
自伝的エッセー集で性的暴行の被害を明かす
20歳の頃から短編映画を作り始めたポーリーは、2006年の初長編映画『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』では脚本も務め、カナダの監督組合賞や脚本家組合賞など数々の映画賞を受賞し、第80回アカデミー賞脚色賞の候補にもなった。
彼女は昨年、自伝的エッセー集「Run Towards the Danger(原題)」を発表し、その中で16歳の時にブロードキャスターのジャン・ゴメシに性的暴行を受けたことを語らずにきたこと、9歳で出演した『バロン』(89年)の過酷な撮影現場について、数年前に事故で脳しんとうを起こして長期間後遺症に苦しんだことなどを綴っている。完全回復に4年ほどかかり、その間に取りかかっていた『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』の脚本執筆、TVシリーズ『アラスカを追いかけて』(19年)の脚本・監督を断念したという。
映画界の悪しき慣習を改めた『ウーマン・トーキング』の撮影現場
2010年、人里離れた場所にある宗教コミュニティで長年続いた男性による女性への性的暴行の事実に向き合い、とことん話し合う女性たちを描く『ウーマンン・トーキング 私たちの選択』は、『テイク・ディス・ワルツ』(11年)から11年ぶりの劇映画の監督となった。当初は脚本だけを担当するつもりだったという。前述の脳しんとうの影響もあるが、『テイク・ディス・ワルツ』を撮った後、ポーリーは2011年に再婚し、3人の子どもをもうけた。子育てしながら、映画の撮影現場で長時間過ごすことは不可能だと考えていたからだ。
だが、プロデューサーと出演を兼ねたフランシス・マクドーマンド(『ノマドランド』)が「男たちが映画業界のルールを作ったけれど、これは“ウィメン・トーキング”。ルールを書き換えましょう」と提案し、スタッフやキャストが家族と過ごす時間を確保する余裕を持ったスケジュールを実現させた。
俳優に負担の多いシーンの撮影時にはセラピストがアテンドしたが、これは『バロン』に出演した際、爆発を伴う危険なシーン撮影などで十分なケアを受けられずトラウマを負ったポーリーが、自身の経験とは違う方法を目指した結果だ。映画界の悪しき慣習から脱して、包括的で安全な環境を築くことで、より良いパフォーマンスを導き出し、作品の質も向上させる。
はかりしれない闇を生き抜いたポーリーは、オスカー受賞のスピーチで「私たちの映画の最後のセリフは、若い女性が生まれたばかりの赤ちゃんへ向けて語るものです」と語った。
「それは約束であり、深い関わりであり、支えであり、この美しい世界で自分の道を進む私の素晴らしい3人の子どもたち、イヴ、アイラ、エイミーに全身全霊をかけて伝えたいことです」
そのセリフは是非、作品を通してストーリーとともに受けとめてもらいたい。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』は全国公開中。
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