可愛い貝の日常がSNSでバズり…。突飛だけど共感を呼ぶ『マルセル 靴をはいた小さな貝』
#イザベラ・ロッセリーニ#ジェニー・スレイト#ストップモーションアニメ#ディーン・フライシャー・キャンプ#マルセル 靴をはいた小さな貝#レビュー#週末シネマ
ストップモーションアニメ×実写の長編映画
【週末シネマ】体長2.5センチの貝が主人公の『マルセル 靴をはいた小さな貝』は、ストップモーションアニメと実写を融合させ、貝のマルセルの生活を追うドキュメンタリー・スタイルで物語を紡いでいく。
・[動画]コマ撮り×実写、どうやって撮影した?/映画『マルセル 靴をはいた小さな貝』メイキング映像
妻と破局し、一人でとある家に越してきた映像作家のディーンはそこで祖母と暮らす小さな貝のマルセルと出合う。かつては多くの家族がいるコミュニティがあったが、彼らはある出来事をきっかけに失踪し、マルセルは祖母のコニーととり残された。
マルセルの生きがいは祖母のお世話
認知症の症状が出始めたコニーの世話をするのを生き甲斐とするマルセルは、貝殻から足が生えて靴を履いている。ちょこまかとした動作や小さな可愛らしい声がチャーミングだ。設定としてはかなり突飛だが、ディーンとマルセルはごく当たり前に友達になり、それを見ているこちらも不思議なほどに違和感を覚えない。
SNSへの期待と傍観者への批判が滲む
ディーンは、好奇心旺盛で生活力あふれるマルセルの日常をドキュメンタリーとして撮り始める。マルセルたちにとっては何もかも巨大な人間の生活空間でいかに快適に暮らすか、実演つきのライフハック動画のようで楽しい。例えば、移動手段はテニスボールの中に入って転がっていくこと、糸くずをペットの代わりにしていること、食パンをベッド代わりにしたり、家庭菜園も作ったりする。
その様子をまとめた動画をディーンがインターネットにアップロードすると、マルセルはたちまち人気者になった。
ネットの力を持ってすれば、家族の消息もわかるかも、と希望を募らせて積極的に発信し始めるマルセルだったが、結局世間は一瞬だけ安易に同情しても本当の意味で共感することはない。大衆の心理に気づいて孤独と落胆を味わうマルセルの姿には、何かにつけて無責任に面白がるだけの傍観者への批判が滲む。
やがて暴走気味のファンたちがマルセルの家を特定して押しかけ、庭でセルフィーを撮るなど傍若無人に振舞い、その騒動の中でコニーが怪我をしてしまう。罪悪感と唯一の家族を失うことへの恐怖から、マルセルは再び家に閉じこもろうとするが……。
見事なストップモーションアニメ、監督と主演は元夫婦
長い時間をかけて細部を丁寧に作り込み、繊細な動きをストップモーションという形で表現した映像は圧倒的だ。実景映像とアニメーションを合成し、映し出すものの質感も光と影も完全に一体化している。既存の同じ手法の作品と比べると、本作は格段にレベルを上げている。
本作は2010年から2014年にかけてYouTubeで順次公開された短編を長編映画化したもので、当時夫婦だったディーン・フライシャー・キャンプ監督とコメディを中心に活躍するジェニー・スレイトがマルセルの声を担当し、2人で作った。それをインターネットにアップすると爆発的に広がっていき、それが長編映画化へとつながった。
実は彼らは2016年に離婚しているが、2人はそのまま製作、監督、脚本、主演として携わった。破局前にプロットは決まっていたというが、フライシャー・キャンプが演じるディーンの境遇が現実と重なっていることもリアリティを導き出す一端になっているはずだ。
祖母コニーが発する慈愛に満ちた言葉が心に残る
マルセルとディーンは何故あれほど意気投合したのか。彼らはそれぞれの喪失と向き合うことを避け、社会からも距離を置いている。自分以外の誰かのために生きることにこだわるマルセルに自己投影する人もいるかもしれない。そんな孫に愛情深く、生きるうえで大切なメッセージを伝えて背中を押すのがコニーだ。
イザベラ・ロッセリーニが声を務めるコニーはスレイトの祖母2人をモデルにしたキャラクターだ。孫娘を手放しで褒めて勇気づける“コニーおばあちゃん”と、キューバ出身のユダヤ系で1930年代に渡仏し、ホロコーストを生き延びたもう1人の祖母ロシェル。彼女たちはNetflixで配信中のドキュメンタリー『ジェニー・スレイトの舞台負け』にも登場していて、マルセルの祖母の原点であることははっきりわかる。2人の魅力をかけ合わせたナナ・コニーが、とぼけた様子でシンプルに語る慈愛に満ちた言葉は深遠で、胸に留めておきたいものばかりだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『マルセル 靴をはいた小さな貝』は6月30日より全国公開中。
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