【週末シネマ】『ブルーム・オブ・イエスタデイ』
日本にも当てはまる普遍的なメッセージ
ナチスやホロコーストを題材にした映画は数多く作られてきた。最近では、アウシュビッツ収容所で兵士に家族を殺された過去を持つ90歳の老人が復讐の旅に出る『手紙は憶えている』が記憶に新しい。
・描いたのは戦いではなく撤退。IMAXカメラを駆使した迫力映像が圧巻!『ダンケルク』
昨年の東京国際映画祭で東京グランプリ&WOWOW賞に輝いた『ブルーム・オブ・イエスタデイ』が斬新なのは、ナチズムの時代を生きた世代ではなく現在に生きる孫たちを主人公にしたことだ。それも殺した側、殺された側の男女が同じ目的のもとに集い、他人事ではない過去と向き合う。そこには痛々しいほどの葛藤も深い悲しみもあるが、同時にユーモアがあり、愛さえも生まれる。
ドイツのシュトゥットガルドでホロコースト研究所に勤めるトトは、ナチスの戦犯だった祖父を告発する著書で評価された研究者。2年前から“アウシュビッツ会議”を企画し、実現に向けて活動している。そこにフランスからインターンのザジがやって来る。ナチスの犠牲になったユダヤ人の祖母を持ち、親族の無念を晴らすためにホロコースト研究の道に進んでいた。
著書は評価されたが、家族とは絶縁、妻とも不和のトトは情緒不安定気味だ。一方のザジも、平気で歴史を茶化すかと思えば急に激昂し、突飛な行動を起こす。祖父母の経験してきたことに大きく支配されている彼らの心も壊れ気味だ。加害者側と犠牲者側の孫世代の2人は反発を繰り返しながら、重すぎる歴史の事実と共に向き合い、やがて互いに惹かれあっていく。
クリス・クラウス監督(『4分間のピアニスト』)は、自身の家族の過去を調査するためにヨーロッパ各地をめぐった経験から本作の着想を得た。歴史資料館などで出会った犠牲者と加害者の孫世代は歴史をジョークにしながら語り合い、恋愛関係になる場合もあると聞き、そこからコメディの要素もあるラブストーリーを思いついたという。実際、登場人物たちの会話は不謹慎なブラックジョークも満載だ。だが、物語はその背景にある歴史から決して逃げない。それゆえに、遠い昔の出来事として風化されそうな歴史が、現代に生きる人間にも生々しい事実として迫ってくる。
すぐにカッとするトトとザジの不器用な恋と、ドイツからウィーン、ラトビアまで向かう調査の旅と合わせて印象深いのは、彼らがアウシュビッツ会議での講演を依頼する女優・ルビンシュタインだ。ホロコーストから生還した彼女は、自らの体験をつぶさに語るのを拒絶するばかりか、タブーも口にする。彼女の態度に反応するトトを見ると、本当の地獄を味わった者と知ったつもりなだけの者の違いがはっきりとわかる。日本でも、過酷すぎた戦争体験を誰にも語らないまま生涯を終える人もいれば、高齢になり、現代の我々に向けてついに語りだす人もいる。もともとは会議のスポンサーでもあった老女優は終盤でも存在感を示す。
『ブルーム・オブ・イエスタデイ』は9月30日より公開される。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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