【週末シネマ】『あゝ、荒野』
すべての瞬間がエモーショナル、
前後篇合わせて5時間強の力作!
4年後の世界はこんな感じだろうか? 2021年の新宿を舞台に、親子の愛に恵まれずに育った2人の男がボクシングを通して出会う『あゝ、荒野』。1966年に寺山修二が発表した唯一の長編小説が、菅田将暉、ヤン・イクチュンを主演に迎え、前後篇合わせて5時間強という力作として映画化された。濃密な物語で、前篇157分はあっという間だ。
・[動画]菅田将暉が激白!「やっぱ、ヤン・イクチュンってあぶね〜」
東京オリンピック開催の翌年、東日本大震災発生から10年後の2021年の新宿に、21歳の新次が戻ってくる。幼い頃に父を亡くし、母に捨てられ、悪の道に進んで少年院送りにされた彼は、裏切った仲間への復讐に取り憑かれている。
もう1人の主人公・建二は真面目で大人しい理髪師。吃音障害と赤面対人恐怖症の彼は幼い頃に韓国人の母を亡くし、日本人の父親と暮らしている。元自衛官の父は働きもせず、引っ込み思案の建二を暴力で支配している。
2人を結びつけるのは、ボクシングジムのトレーナー、堀口だ。新宿の街中にこの3人が居合わせ、やがて新次と建二は堀口のジム「海洋拳闘クラブ」でプロボクサーを目指し始める。
2人に居場所を与え、見守りながら鍛え上げていく堀口(ユースケ・サンタマリア)、トレーナーの馬場(でんでん)、怪しげなジムのオーナー(高橋和也)と訳ありの秘書(木村多江)など、周囲のキャラクターの濃さも魅力的。新次の恋人になる芳子(木下あかり)も母と故郷を捨てた過去があり、ゆえに彼らは強く結びつく。
暴力と衝動、愛、裏切りが激しくぶつかり合う展開は原作が執筆された60年代の昭和そのものだが、アナクロニズムに陥ることはない。震災後の社会、人工高齢化、オレオレ詐欺、ドローン撮影、動画サイトなど、現代を表すキーワードが組み込まれ、21世紀の殺伐とした現実を生きる人々の姿が描かれている。原作の精神を保ちながら大胆に脚色(港岳彦と共同脚本)、演出したのは、昨年『二重生活』で長編映画監督デビューした岸善幸。いろいろな人物が偶然、同じ場所に集まりすぎる感はなきにしもあらずなのだが、ギリギリそれがあり得るかも、というのが新宿という場所だ。
新次と建二の物語と並行して、「自殺防止研究会」という学生団体の活動が描かれる。直接ではないが、主人公に関わるこの団体は、やがて「自殺防止フェスティバル」を開催する。そこで主催者が訴えかける言葉が興味深い。彼の言う「人間が一番最後にかかる、一番重い病気」。その名前は、この映画が作られた時にはなかった色を持ち始めている。描かれた4年後の未来より先に進んでしまったかのような今、それでも生きている人々に見てもらいたい作品だ。そして、この2時間半強で募る期待に応えてあまりある後篇も見逃せない。(文:冨永由紀/映画ライター)
『あゝ、荒野』前篇は10月7日より、後篇は10月21日より全国順次公開される。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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