母娘の距離感、近づき深まる想いを映し出す『ジェーンとシャルロット』
フランスのアイコンとして注目を浴びた母娘の真実
【週末シネマ】7月16日に76歳でこの世を去ったジェーン・バーキンを、彼女の次女であるシャルロット・ゲンズブールが初監督作として撮ったドキュメンタリー『ジェーンとシャルロット』は、1960年代から二世代にわたってフランスのポップカルチャーのアイコンとして華やかな注目を浴びた母娘が素のままで向き合う様子をとらえている。
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2018年の東京でカメラを回し始めたシャルロット
フレンチポップの伝説的存在、セルジュ・ゲンズブールのパートナーだったジェーンとセルジュの娘であるシャルロットだが、ジェーンがセルジュと破局して家を出て以来、シャルロットは父の元で育ったこともあり、互いに距離を感じていたという。母に近づくためのある種の口実として、シャルロットは2018年のジェーンの東京公演に同行する形でカメラを回し始めた。
小津安二郎監督に縁ある旅館の一室で2人が向き合い対話する冒頭には、母娘の親しさとぎこちなさが混じり合う。相手への愛情は疑いないものなのに、あと一歩踏み込めずにいるようなもどかしさには偽りない姿があり、その潔さが彼女たちの魅力なのだと痛感する。
死について語るジェーン、亡き姉と父との思い出を分かち合うシャルロット
実は本作の撮影は来日後に一時中断した。当時シャルロットと家族が暮らしていたニューヨークで撮影するはずが、ジェーンはこれを拒み、2年ほど間を置いたという。その時点では、他の誰にも撮れないものを、という気負いがシャルロットにあったのかもしれない。
再開した撮影はブルターニュにあるジェーンの家、ニューヨーク、そして可能な限りセルジュ生前のままの状態を保っているパリのセルジュ・ゲンズブールの自宅などで行われ、撮影が進んでいくにつれて、ジェーンとシャルロットの距離はより近く、深まっていく。シャルロットの末娘ジョーの存在が、慎み深い母娘のカタリストの役割を果たしているのも印象的だ。
若くして結婚した作曲家ジョン・バリーとの間にケイト(2013年に死去)、ゲンズブールと別れた後にパートナーとなったジャック・ドワイヨン監督との間にルーをもうけ、3人の娘の母であるジェーンと、30年以上添い続けているパートナーのイヴァン・アタルとの間に3児をもうけているシャルロットは、母と娘として、母親同士として、表現を仕事とする同業者として、飾らず誠実に語り合う。2年の空白、そしてパンデミックという現象も挟んで、2人に変化が訪れたのではないか。特にジェーンは明らかに死というものを意識し、老いについても率直に語る。
整理整頓が苦手で、自宅で使えなくなったガラクタも捨てられずにいる彼女は無造作な髪でメイクもほとんどしていない。自分のことはさておき撮影スタッフの食事の心配をしたり、自然な優しさが魅力的だ。
そしてシャルロットは、幸せな幼少期を共に過ごした姉と父の思い出も母と分かち合う。ケイトとセルジュという、この世にはもういない大切な2人の存在を強く感じているからこそ、ジョーも含めた母娘三世代の生命が輝くように思える。
撮ること、撮られること、が必要だった母娘
説明もなくさまざまな話題が飛び出し、“よく出来た”とは少し違う不器用な作りだが、だからこそ観客に伝わる真実がそこにある。こうして母を撮ることが必要だった。娘の思いを受け入れた母もまた、こうして撮られる必要があった。原題『Jane par Charlotte』は“シャルロットによるジェーン”という意味だが、個人的には『ジェーンとシャルロット』という邦題が、ここに映し出されているものを的確に表していると思う。
訃報の翌日にシャルロットとルーが出した声明で、それまで昼夜介護を受けていたジェーンは快方に向かう中で再び自立を目指し、夜も1人で過ごすことを自ら決意したと明らかにした。そしてその最初の夜に彼女はこの世を去った。
葬儀でシャルロットは「私は孤児になった」と亡き母に語りかけた。気持ちの整理つかないまま、ただ正直に素直に心を曝け出したその様子に胸をかき乱されながら、母娘は本人たちが思う以上に距離はなく、よく似ていると思わずにいられなかった。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ジェーンとシャルロット』は2023年8月4日より公開中。
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