【週末シネマ】『オリエント急行殺人事件』
豪華スターを贅沢に使ったキャスティング
アガサ・クリスティーの代表作で、すでに映画化やドラマ化を何度もされているミステリーの傑作を、ケネス・ブラナーが監督・主演を務めて映画化した『オリエント急行殺人事件』。イスタンブールからヨーロッパへ向かう豪華列車内で起きた殺人事件を、名探偵エルキュール・ポアロが解明していく。
・草刈正雄、映画『オリエント急行殺人事件』吹替えで名探偵ポアロ演じる
有名な物語ゆえに、誰が犯人なのか既知の観客も少なくない。ミステリーというジャンルを手がけるには、あまりにも不利な状況だが、それこそブラナーの腕の見せ所。映画監督デビュー作『ヘンリー五世』を始めとするシェイクスピアの名作の数々や『フランケンシュタイン』、『シンデレラ』、オペラの『魔笛』……今まで手がけた監督作のほとんどが、誰もがよく知る古典の名作の映画化なのだ。
まずは列車内という密室空間に留まらない構成が鮮烈。ポワロの紹介を兼ねたエルサレムでの活躍で幕を開け、立ち往生を余儀なくされた列車の外にも場面は広がる。雪山の中の陸橋、トンネルなど広がりを見せる光景を65mmフィルムで撮影、ダイナミズムあふれる映画らしい映像だ。
ポワロは「灰色の脳細胞」というフレーズでおなじみの頭脳派探偵だが、本作ではアクションもこなす。10年近く前にガイ・リッチー監督がロバート・ダウニー・Jr主演で撮った『シャーロック・ホームズ』シリーズでも、かなり腕っ節の強いホームズ像を打ち出したのを思い出す。現代の観客にアピールするには、純然たる推理のみでは物足りないということなのだろうか。その一方で、ストーリーの展開は謎解きのサスペンスよりもドラマ重視で、これほどエモーショナルに語るのか、と驚かされた。容疑者となる乗客たちのキャラクターを可能な限り描くことに舵を切った感がある。
過去の映像化作に馴染みがあると、ブラナー版ポワロの存在感ありすぎな口ひげにびっくりするが、実は原作に忠実な再現だという。被害者となるアメリカ人の大富豪を演じるのはジョニー・デップ。悪辣さ全開の怪演だ。
ダ・ヴィンチの名画「最後の晩餐」を意識したショットもある。この図が象徴するように、豪華スターを贅沢に使うキャスティングで古典の新たな脚色を楽しむ一作だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『オリエント急行殺人事件』は12月8日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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