『ローマの休日 製作70周年 4Kレストア版』公開
【この俳優に注目】オードリー・ヘプバーン
今からちょうど70年前の1953年に公開された映画『ローマの休日』はオードリー・ヘプバーンという稀有な存在をスターの座に押し上げた。とある国の王女がヨーロッパ歴訪の最終地、イタリアのローマで1日足らずの自由を味わうロマンティック・コメディだ。ヘプバーンが演じる主人公のアン王女はローマで歓迎舞踏会に出席した夜、1人で宿舎の大使館を抜け出して一般人として街を探訪する。その際に偶然出会った新聞記者のジョー(グレゴリー・ペック)や市井の人々と交流し、新しい世界を知った王女の人生観は大きく変わり、切なく淡い恋情も芽生える。
・愛を与える妖精、オードリー・ヘプバーンの真の姿を誠実に伝えるドキュメンタリーに感銘
歴史的な美しい風景が広がるローマで実際に撮影し、制約だらけのロイヤルの生活から自由になって冒険を繰り広げるアン王女の溌剌とした様子を表情豊かに演じるヘプバーンの自然さ、生来の気品は、それまでのハリウッド・スタートは違う新鮮な魅力だった。
素の表情で大役をつかんだオードリー
実はヘプバーンはアン王女役の第一候補ではなく、製作会社のパラマウントはエリザベス・テイラーやジーン・シモンズの起用を考えていたという。ヨーロッパ某国の王女という設定なので、イギリスやヨーロッパ出身の女優が望ましいとされたが、難航するヒロインのキャスティングより先にジョー役のグレゴリー・ペックが決定すると、ローマでの現地撮影を強く望んでいたウィリアム・ワイラー監督はスター俳優同士の共演にはこだわらず、「アメリカ訛りのない王女の風格を持つ女性を望む」としてオーディションが始まり、そこでヘプバーンが発見された。
1929年にベルギーに生まれたヘプバーンは幼くして両親が離婚し、オランダ貴族だった母に育てられた。少女時代は第二次世界大戦の最中で苦しい生活を送ったが、幼少期から習い始めたバレエのレッスンを続け、1945年の終戦後はまずバレエ・ダンサーとして、その後は演劇の舞台で活躍するようになった。
本作のオーディションの様子はYouTubeなどに動画がある。ヘプバーンはロンドン郊外のスタジオで、ベッドから起き上がるシーンを演じた。監督たちは彼女に内緒でカメラを回し続け、「カット」の声を聞いたヘプバーンは何も知らずに笑顔で大きく伸びをした。そのおおらかでチャーミングな表情が決め手となったという。
たった1日のローマの休日で成長した王女とオードリーが重なる
衣装合わせの立ち居振舞いは優雅で笑顔も輝いていて、この時点ですでにアン王女として完ぺきだ。ある意味、妥協から生まれた配役は『ローマの休日』という作品にとっても、俳優ヘプバーンにとっても、それぞれの運命を変えるものとなった。
今この時を謳歌したい1人の若い女性の思いと自国を代表する責任感との板挟みというアン王女の葛藤を、ヘプバーンは内から滲み出る愛らしさや優雅さ、芯の強さで表現し、圧倒的な説得力を見せる。映画の冒頭とラストを見れば明らかだが、たった1日のローマの休日で多くを学び成長したアン王女と王女を演じることで俳優として大きく前進したヘプバーンが重なるようだ。
撮影現場では、アン王女がジョーに別れを告げるシーンで彼女はすぐに涙を流すことができず、何テイクもOKが出なかった。監督はヘプバーンがフィルムを無駄にしていると激怒し、それを見た彼女が泣き出して、結果的に必要な映像を撮ることも可能となったというエピソードもある。
計算した演技よりも素のリアクションを生かす方法は、名シーンとして語り継がれる「真実の口」の場面でも用いられた。偽りの心がある者が手を口に入れると噛み切られるという伝説がある彫刻に、ジョーが手を入れて本当に噛み切られたふりをすると真に受けた王女が悲鳴を上げるのだが、ペックが袖口に手を隠して引き抜いた様があまりにリアルで、不意打ちを喰らったヘプバーンは本気で驚きの叫びをあげてしまい、種明かしに反応する微笑ましい表情まで収められている。
共演者として彼女のポテンシャルを見抜いたペックは、オスカー受賞の可能性もあるとして彼女の名前をタイトルの前に置くようにプロデューサーに進言したという。名優の予想通り、ヘプバーンは第26回アカデミー賞で主演女優賞に初ノミネートにして初受賞を果たした。王女の礼装と街を歩く軽装の2パターンで新進スターの魅力をさらに押し上げたデザイナー、イーディス・ヘッドも最優秀衣装デザイン賞を受賞している。
数々の代表作に恵まれ、ユニセフ親善大使としても活動
初の主演作『ローマの休日』で世界中を虜にし、劇中で短くカットしたヘアスタイルも大流行するなど、一躍スターとなったヘプバーン。映画界には、オスカーを受賞後にキャリアが伸び悩む「オスカーの呪い」と言われる傾向もあるが、彼女はその後も『麗しのサブリナ』『尼僧物語』『ティファニーで朝食を』『暗くなるまで待って』でオスカー候補になり、『マイ・フェア・レディ』など数多くの代表作が生まれた。
外見だけではない、内面の美しさがその魅力を普遍のものにしている。戦争によって困難な少女時代を経験した彼女はユニセフ親善大使として慈善活動にも熱心に取り組み、1992年に大統領自由勲章を授与され、1993年1月の逝去から2ヵ月後の第65回アカデミー賞でジーン・ハーショルト友愛賞を贈られた。
彼女は数々の名言を遺したが、その1つ「エレガンスは絶対に色褪せないただ1つの美(Elegance is the only beauty that never fades)」はオードリー・ヘプバーンという生き方そのものを言い表している。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ローマの休日 製作70周年 4Kレストア版』は2023年8月25日より全国順次公開中。
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