ケネス・ブラナー独自の「名探偵ポアロ」像とミシェル・ヨーの怪演を楽しむ一作
アガサ・クリスティの原作から大胆に飛躍
【週末シネマ】ケネス・ブラナーがミステリーの女王、アガサ・クリスティのミステリーを原作に監督・主演を務めるシリーズの第3作が完成した。クリスティが創り出した人気キャラクター、ベルギー人の探偵エルキュール・ポアロをブラナーが演じ、難事件を解き明かす。
・船上での愛のドラマが面白い、ケネス・ブラナーが新機軸で描く『ナイル殺人事件』
前2作は『オリエント急行殺人事件』(2017年)、『ナイル殺人事件』(2022年)と誰もが知る人気の原作で、何度も映像化されてきた。そこにオリジナルのエピソードを加えて脚色するのがブラナーのスタイルだが、今回はタイトルも『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』と映画独自のものとなり、より自由にブラナーによるポアロ像や事件を描くものとなっている。
原作はクリスティにとって60作目、ポアロ作品の31番目の長編である「ハロウィーン・パーティ」だが、舞台をロンドン近郊からイタリアのヴェネチアに変えたばかりか、ハロウィーンの夜に起こる殺人事件という大筋はそのままながら、登場人物や背景なども原作から大胆に飛躍する。
ミシェル・ヨーの降霊シーンは反応に戸惑うほどの怪演
前作『ナイル殺人事件』に続く形で、時代は第二次世界大戦後まもない1947年。ポアロはヴェネチアで隠遁生活を送っていたが、そこに友人でアメリカのベストセラー作家アリアドニ・オリヴァが訪ねてくる。近くの屋敷で行われるハロウィンの降霊会に誘うのだが、もちろんアドリアニの目的は有名な霊媒師ミセス・レイノルズのトリックを見破るためだった。
渋々と足を運んだポアロもレイノルズの降霊術のトリックを見破ろうとするが、その夜に屋敷でショッキングな殺人事件が発生する。
昼間は風光明媚な観光地だが、仄暗い闇が広がる夜のヴェネチアにはなんとも言えない妖気があり、映画はゴシック・ホラーのような様相を帯びてくるのはこれまでにない新味だ。同時に奇妙なユーモアもあり、レイノルズの降霊セッションのシーンは演じるミシェル・ヨーの怪演もあって、怖がったらいいのか笑ったらいいのか戸惑うが、予定調和を次々外して驚かせる本作を象徴する一場面だ。
登場人物の名前や背景を改変した一例が息子とともに降霊会に参加する医師のレスリー・フェリエ(ドクター・フェリエ)だ。ブラナーがアカデミー脚本賞を受賞した前作『ベルファスト』(2021年)でも親子を演じたジェイミー・ドーナンとジュード・ヒルが父子を演じている。
ポアロを降霊会に誘う旧友・アリアドニをティナ・フェイ、降霊会で亡き娘の声を聞きたいと願う元オペラ歌手のロウィーナ・ドレイクを映画『シャーロック・ホームズ』シリーズなどのケリー・ライリーが演じ、他にカイル・アレン、カミーユ・コッタンらが出演する。派手で豪華な顔ぶれを揃えるも、必ずしも説得力があるわけではなかった前2作に比べると、キャストはやや地味だが、物語ることに徹する実力派が揃う。
原作が発表されたのはクリスティの晩年にあたる1969年だが、それでも最早半世紀以上昔のことだ。そこに2020年代の感覚を加えた本作は、独自のポアロ像を確立したブラナーによるクリスティ原作の映画化としても、現時点で最も楽しめる作品だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』は、2023年9月15日より公開中。
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