【週末シネマ】『万引き家族』
パルム・ドール受賞が描く、家族と絆
5月に開催された第70回カンヌ国際映画祭で、最高賞パルム・ドールを受賞した是枝裕和監督の『万引き家族』は、都会の片隅で盗みを働ながら、息を潜めるように暮らす一家を主人公に、“家族”と“絆”について描いている。
・『万引き家族』だけは別! パルムドールはヒットに繋がらないが是枝作品は例外
東京都内の住宅街には、その一角だけぽつんと取り残されたような古い家屋を時々見かける。映画に登場する家族が暮らすのも、昭和時代に建てられたであろう質素な住居だ。古ぼけた薄暗い家に住むのは治(リリー・フランキー)と信代(安藤サクラ)の夫婦、小学校高学年に見える息子・祥太(城桧吏)、信代の妹の亜紀(松岡茉優)、そして家の持ち主である祖母の初枝(樹木希林)の5人。生活は初枝の年金頼み、治と信代も一応働いてはいるが、それでは足りず、生活物資調達のために治と祥太は万引きを繰り返している。冬のある日、一仕事終えた父子は、帰途に通りがかった団地の廊下に置き去りにされた幼女(佐々木みゆ)を見るに見かね、一緒に連れ帰る。食事をさせて、その夜のうちに親元へ送り届けるはずだった。だが、その体が傷だらけなのに気づいた信代は幼女を娘として育てることにする。
大抵、人は善にも悪にもなりきれない。この一家もそうだ。聖人ではないけれど、情けがある。法に触れる悪いことをしているが、露悪的ではないし偽善者でもない。1日1日を過ごすだけの生活を壊さぬよう、息を潜めて暮らしている。今回、カンヌの審査員長を務めたケイト・ブランシェットは、作品について語る際に「見えない人々(Invisible People)」という言葉を使った。『万引き家族』の一家は穴ぐらに隠れているわけではなく、社会にとって“見えている”のだが、誰も“見ていない”存在だ。彼らの小さな世界には善意もあれば、エゴもある。台本は渡さずセリフは口立てという状況で、素直で無垢な子どもたちの表情を引き出す演出は従来通り素晴らしいが、本作では大人たちの演技に胸を打たれる。安藤、松岡、そして樹木が全身から醸し出すキャラクターそれぞれの葛藤が映画を引っ張り、その渦中にいる男1人という立場をリリー・フランキーが演じる。
複雑な人間関係を利用して目の前にいない相手に復讐するような底意地の悪さと深情けが混然一体の大人たちと、彼らについていくだけの子どもたち。その有り様は、日本に限らず世界のどこでも通じる社会の縮図だ。大人たちが騙し騙しやり過ごす生活は何か1つでも欠ければ崩れてしまいそうだ。
やがて、ある人からのある一言、ある日の出来事、その積み重ねから祥太は現状に疑問を抱き始める。そして決定的な事件が起きて、“家族”はバラバラになるが、社会が彼らに目を向け、見える存在になった彼らのその後の物語が心に強く残る。幸せとは、楽しいばかりのことではない。と考えさせるのだが、同時に、では不幸せとは何なのかを考えたくなる。(文:冨永由紀/映画ライター)
『万引き家族』は6月8日より全国公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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