【週末シネマ】『追想』
1962年のイギリスで、新婚旅行に出かけた若夫婦の結婚はたった1日で終わった。自然に囲まれたドーセット州のチェジル・ビーチのホテルで初夜を迎えようとするが、たった数時間で全てが変わってしまう。恋愛という謎を軸に、まだ保守的な価値観が占めていた1960年代を舞台に描く。
・悲しみの初夜に秘められた関係を語る/『追想』シアーシャ・ローナン インタビュー
新婦のフローレンスと新郎のエドワードはともに20代前半。ホテルでぎこちない初夜を迎える過程に、2人の過去がフラッシュバックし、それぞれの背景と出会いから結婚に至るまでが見えてくる。幸せいっぱいな様子でホテルにチェックインした2人の時間が進み、その過去が少しずつ観客に明かされるにつれて、彼らの関係に翳りが現れてくるのだ。
ブッカー賞作家のイアン・マキューアンが2007年に発表した小説「初夜」を自ら脚色した『追想』は、『つぐない』(07マキューアンの小説「贖罪」の映画化)で13歳にしてアカデミー賞助演女優賞候補になり、24歳の今は『ブルックリン』(15年)『レディ・バード』(17年)でオスカー常連女優に成長したシアーシャ・ローナン、『ダンケルク』『ヴェロニカの記憶』(ともに17年)で知られるビリー・ハウルが主演を務める。
BBC人気ドラマ『嘆きの王冠〜ホロウ・クラウン〜』や舞台演出で活躍する監督のドミニク・クックは20代の実力派2人の卓越した演技を引き出し、若い男女の葛藤を表現させ、イギリスらしい、抑制の効いたメロドラマに仕上げた。
格差を乗り越えながら、みすみすそれを壊してしまう。その理由は現代の我々から見れば、ほとんど滑稽に見えるが、彼らは本気で悩んでいる。痛々しいほど真剣で意固地で、未熟で相手を思いやることができなかった。そう思い到るのは、辛い別れを反芻しながら生きていくからなのだが、果たして原因はそれだけだろうか? まちがいないと思った運命をも変えてしまうものは一体何なのか?
本作が長編映画監督デビュー作のクックはカットを割りすぎず、フローレンスとエドワードの会話を丁寧に撮り、両者の感情の動きが舞台劇を見ているような臨場感で伝わってくる。フィルム撮影による質感は映像にクラシックな美しさをもたらす。砂利だらけの曇り空のビーチで、足早に去っていく後ろ姿と、それを見送る姿をとらえた引きの映像が印象的だ。
映画独自のラストは一見お涙頂戴のようでいて、実はとても苦い。それは小説執筆時からの時間経過でマキューアンが達した境地を現わしたようにも思え、原作者自らの大胆な脚色を堪能した。(文:冨永由紀/映画ライター)
『追想』は8月10日より全国公開。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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