音楽と愛の狭間で揺れる天才指揮者の物語『マエストロ:その音楽と愛と』
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「音楽と人を愛し過ぎた人」レナード・バーンスタインの伝記映画
【映画を聴く】『マエストロ:その音楽と愛と』は、「音楽を愛すること」と「人を愛すること」を過剰なまでに貫き、両立させようとしたアメリカ音楽界の巨星、レナード・バーンスタインの伝記映画である。
音楽家としては、クラシック音楽の領域で20世紀を代表する作曲家/指揮者であるだけでなく、ミュージカル『ウエスト・サイド物語』や映画『波止場』の音楽を手がけたり、音楽教育番組『青少年コンサート』のホストとしてクラシックからロックンロールまで幅広いジャンルの音楽の魅力を伝えたり。ひとりの人間としては、妻のフェリシアと3人の子どもを深く愛しながらも自身の同性愛傾向を隠すことはせず、将来有望な若手音楽家の男性を家族旅行に同伴させたり、フェリシアの目の前で手を握り合ったり。
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「音楽と人を愛し過ぎた人」と言えば聞こえはいいが、後者についてはフェリシアや家族にとって大迷惑な話である。フェリシアはレニー(バーンスタインの愛称)の音楽的才能を尊敬し、パートナーとして彼に寄り添おうとするものの、あまりに無自覚で無邪気な他者への愛情表現に生涯悩まされることになる。本作は、形としてはバーンスタインの伝記映画となっているものの、実際はフェリシアとレニーの複雑な夫婦生活にフォーカスした人間ドラマである。彼の仕事で一番よく知られている『ウエスト・サイド物語』の制作にまつわる具体的なシーンや、生涯のライバルと呼ばれたヘルベルト・フォン・カラヤンとのエピソードはいっさい出てこない。
ブラッドリー・クーパーは監督2作目と思えぬ円熟ぶり
本作が2本目の監督作品となるブラッドリー・クーパー。クリント・イーストウッドからの指名によって実現した2018年の監督デビュー作『アリー/スター誕生』にて、イーストウッドの“後継者”として地位を確立した感のあるクーパーだが、本作はスティーブン・スピルバーグが長年温めていた企画を引き継いだ格好で、スピルバーグほかマーティン・スコセッシも製作に名を連ねている。年代によってモノクロとカラーを使い分け、スクリーンのアスペクト比も次々に変化。大がかりなセットを使った擬似的なワンカットシーンなども披露されており、監督としてのアイデアの豊かさが見て取れる。監督2作目とは思えない円熟ぶりで、巨匠たちから寵愛を受けるのも納得だ。
激似! 特殊メイク&完コピで演じたクーパー
映画を見てまず驚かされるのは、レナード・バーンスタインを演じるブラッドリー・クーパーの激似ぶりである。シュッと伸びた鼻筋、いい感じにドライブする天然パーマ、そして生命力に満ち溢れた目まわり。2017年の『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』で日本人として初めてアカデミー賞メイクアップ&スタイリング賞を受賞したカズ・ヒロがクーパーの特殊メイクを担当し、音楽家として駆け出しの20代から晩年の70代までのバーンスタインのたたずまいをリアルに再現している。外見だけでなく、クーパーは本人の所作や声色も完全コピー。片時もタバコを手放さない愛煙家だったバーンスタインのタバコの吸い方もそっくりに真似ていて、冒頭から本人を撮影した記録映像かと見違えるほどだ。
キャリー・マリガンのデリケートな演技も素晴らしい
フェリシアを演じるキャリー・マリガンの演技も素晴らしい。本作のエンドロールを見ると、キャストのクレジットの最初はマリガンで、クーパーは2番目。先ほど本作について「フェリシアとレニーの複雑な夫婦生活にフォーカスした人間ドラマ」と書いたが、本作の実質的な主人公はマリガンであり、物語は終始「妻・フェリシアの目から見た夫・レニーの姿」に主軸が置かれている。夫との複雑な関係を、少ない言葉とデリケートな表情の変化で説得力たっぷりに見せていく。病に倒れ、日に日に衰弱していくフェリシアと、彼女を元気づけようと気丈に振る舞うレニー。ひとりになることを異常なまでに嫌い、トイレのドアを閉めることすらできない彼が現実を受け止め、乗り越えようとする過程を描く後半の“痛さ”こそ、この映画のコアとなる部分だろう。
クーパーが圧巻のパフォーマンスで魅了
音楽家・バーンスタインを描いたシーンはかなり絞られているので、演奏シーンを主体とした音楽映画を期待すると肩透かしを食うかもしれないが、個々のシーンの濃密さはすごい。とりわけ英国イーリー大聖堂で「マーラー:交響曲第2番」を指揮するシーンは圧巻だ。クーパーはバーンスタインの立ち居振る舞いを表面的になぞるだけでなく、本格的な指揮者のレッスンを数年間にわたって続けたそうで、表情と身体で音楽を最大限に表現する本人のパフォーマンスを憑依と言っていいレベルで体得している。
同じ指揮者を主人公とした映画といえば、最近ではトッド・フィールド監督『TAR/ター』が記憶に新しいところだが、そちらではケイト・ブランシェット演じるリディア・ターが指揮する「マーラー:交響曲第5番」が大きな見どころとなっていた。リディアは架空の人物だが、劇中でバーンスタインを“心の師”としており、いろいろな意味で本作と呼応するところが多い。未見の方は合わせてご覧いただくことで、本作への解釈が深まると思う。
「芸術作品は問いに答えない。問いを投げかける。答えの矛盾が生む緊張にこそ作品の重要な意味があるのだ」――冒頭に掲げられるレナード・バーンスタイン本人のこの言葉の通り、彼の生涯は多くの矛盾を伴ったものだったに違いない。しかし、残された言葉やエピソードにネガティブな要素がいっさい見つからないのもひとつの事実である。
もっと知りたくなった人におすすめの2冊
音楽と愛の狭間で揺れながらも、最後まで「音楽を愛すること」と「人を愛すること」の本質を問い続けたバーンスタイン夫妻。本作を見ても、その答えがわかるわけではない。だから、本作で初めてレナード・バーンスタインを知った人は、この人の音楽と人間性についてもっと知りたいと思うはずだ。音楽家としてのレナード・バーンスタインを深く知りたければ、膨大に残された彼の音楽に耳を傾け、音楽家としての自分について仔細に記した『バーンスタイン わが音楽的人生』(作品社刊/2012年)を読むのが最初のステップになるだろう。人間性についてもっと深く知りたければ、吉原真里さんの労作『親愛なるレニー:レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』(アルテスパブリッシング/2022年)をぜひご一読いただきたい。無名の日本人2人と交わした書簡をもとに書き上げられた、感動的なノンフィクションである。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
Netflix映画『マエストロ:その音楽と愛と』一部劇場にて公開中/Netflixにて独占配信中。
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