(…前編「アメリカの不条理や矛盾を冷徹に描く3部作の大トリとなる問題作」より続く)
【映画を聴く】『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』後編
エモーショナルかつメロディアスなセンスが随所に
ヒドゥル・グドナドッティルは、アイスランドの女性チェリスト。エレクトロニカ系のmúm(ムーム)というグループのメンバーでもあり、アコースティック楽器と電子音楽をブレンドした心地よいサウンドは日本でも耳の肥えた音楽ファンの間でよく知られている。ヨハンソンの弟子として『ボーダーライン』や『メッセージ』などの映画音楽に参加したり、来日公演に同行したこともあるという。
本作ではノイジーな持続音を基調とする前作でのヨハンソンの“筆致”を忠実になぞりながらも不意にこぼれ落ちるグドナドッティル節、つまりヨハンソンよりもエモーショナルかつメロディアスな彼女のセンスを随所で聴くことができる。本作の“ヒロイン”と言っていいイサベル・レイエスが心の内をのぞかせるシーンでは、弦楽セクションの物悲しい響きを最大限に活かした劇伴をあてている。坂本龍一が音楽を担当した『レヴェナント:蘇りし者』などにも彼女のチェロはフィーチャーされているが、本作を機に今後は映画音楽家としてさらに幅広く活躍するに違いない。実際、次作としてホアキン・フェニックス主演のDC映画『Joker(邦題未定)』の音楽を担当することもすでに決定しているようだ。
音楽的な話題でもうひとつ触れておきたいのが、先のイサベルを演じたイサベラ・モナーのこと。10歳の時にミュージカル『エビータ』でデビューした彼女は、女優と並行して歌手&ダンサー、ウクレレ奏者としても活動している。彼女の歌声が聴ける正式な音源はまだ『エビータ』のサントラほか数えるほどしかないものの、本人が動画サイトなどにアップしている弾き語りの動画などを見れば音楽活動への本気ぶりが伝わってくる。
極限の緊張感の中で繰り広げられる、超法規的な“正義と正義”のぶつかり合い。もちろん音楽が中心にある作品ではないが、前作よりもドラマ性が増した分、劇中音楽の果たす役割は大きい。次々と出てくる衝撃的なシーン。そのひとつひとつのバックグラウンドで確かな説得力をもって鳴らされる劇中音楽に耳を澄ますことで、作品への理解や味わいがより深いものとなるはずだ。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』は11月16日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
出版社、広告制作会社を経て、2013年に独立。音楽、映画、オーディオ、デジタルガジェットの話題を中心に、専門誌やオンラインメディアに多数寄稿。取材と構成を担当した澤野由明『澤野工房物語〜下駄屋が始めたジャズ・レーベル、大阪・新世界から世界へ』(DU BOOKS刊)が刊行されたばかり。
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