【週末シネマ】『恐怖の報酬/オリジナル完全版』
『フレンチ・コネクション』『エクソシスト』で知られるウィリアム・フリードキン監督が70年代に撮った知られざる傑作『恐怖の報酬』のオリジナル完全版が公開される。
『フレンチ・コネクション』(71)でアカデミー作品賞、監督賞を受賞し、『エクソシスト』(73)の大ヒットで成功者となったフリードキンが次に目指したのは、ジョン・ヒューストン監督の傑作『黄金』(48)のような作品。そこで着想を得たのがアンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督、イヴ・モンタン主演の『恐怖の報酬』(53)だ。切羽詰まった境遇の男4人が集まり、ニトログリセリンを積んだトラック2台で油井火災の消火に向かう。そのプロットを守りながら、舞台を現代(1970年代)に置き換えて、キャラクターとその背景にも変化を加えた。
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対抗組織の報復から逃れようとするアイリッシュ・マフィアのアメリカ人・スキャンロン(ロイ・シャイダー)、不正取引が発覚したフランス人投資家のマンゾン(ブリュノ・クレメール)、ナチス残党を射殺した殺し屋のニーロ(フランシスコ・ラバル)、エルサレムで爆弾テロを決行したアラブ系青年・カッセム(アミドゥ)はそれぞれ国を追われ、南米の小国ポルヴェニールにたどり着いた。ある日、犯罪者やならず者が集まる掃き溜めのような地から脱出する機会が訪れる。300キロ先のジャングルで発生した油井爆発事故の消火のためにニトログリセリンを運ぶという危険な任務だ。1人1万ドルという高額の報酬と引き換えに、4人は一触即発の消火用ニトロを積んだ2台のトラックに分乗してジャングルへと旅立つ。
まずはキャスティングだ。フリードキンが当初望んだ顔ぶれはスティーヴ・マックイーン(スキャンロン)、マルチェロ・マストロヤンニ(ニーロ)、そしてリノ・ヴァンチュラ(マンゾン)。誰もが脚本を気に入ったが、様々な交渉が難航し実現には至らず。クリント・イーストウッドとジャック・ニコルソン、ロバート・ミッチャムらも同様で、脚本を絶賛しながらも南米での長期撮影を嫌がり出演を断ったという。カッセムを演じたアミドゥだけが当初の予定通りに実現した。
監督のファースト・チョイスならば、それは豪華な国際派が揃うスター映画になっただろう。だが、スター・パワーだけに頼らないことがもたらした効果は大きい。危険なアクションや凄まじい爆発など、全ての映像はCGを一切使わない実写で、だからこその生々しい臨場感と迫力を生む。ドイツのプログレッシブロック・バンド「タンジェリン・ドリーム」によるサウンドトラックはシンセサイザーの無機質な響きなのだが、男たちが密林という異世界に引き込まれるような感覚を観る側にもたらし、リアルな非現実感ともいうべき、非情かつ幻想的な空間が展開する。
2000万ドル超という当時破格の製作費で、3大陸5ヵ国で撮影した大作だが、公開当時はフリードキンに無断で約30分カットした短縮版が公開され、その結果賛否両論となり興行的には失敗という悲惨な道をたどった。だが、『恐怖の報酬』を自らの最高傑作と断言するフリードキンは数十年をかけて権利問題をクリアし、完全オリジナル版として蘇らせた。妥協ない完成度に、フランシス・F・コッポラの『地獄の黙示録』(79)も引き合いに出される。70年代後半、映画を作る人々にとっての映像の原体験はテレビやビデオではなかった時代だ。当時、脂の乗り切った監督が全智を注いだ渾身の作品が放つ魔力には、今の時代に再現させることは到底不可能な威力がある。(文:冨永由紀/映画ライター)
『恐怖の報酬【オリジナル完全版】』は11月24日より全国順次公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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