『長いお別れ』
認知症になった父親と2人の娘、夫に寄り添う母親の7年間を描く『長いお別れ』は、直木賞作家、中島京子の実体験に基づく小説の映画化だ。前作『湯を沸かすほどの熱い愛』で日本アカデミー賞優秀作品賞など数多くの映画賞を受賞した中野量太監督のもとに蒼井優、竹内結子、松原智恵子、そして山努という豪華キャストが集結した。
・蒼井優、自身の家族ルールに観客ざわつき困惑「今のナシで!」
70歳の誕生日を迎えた父を祝うために、結婚や独立して実家を出た長女と次女が戻ってくる。そこで2人は、かつて厳格な教師だった父が認知症になったことを知らされる。夫の海外赴任でアメリカに暮らす長女はひんぱんに帰省できず、次女が折に触れて実家を訪ねるようになるが、彼女自身の将来の夢や恋愛は思うようにいかず悩みは深い。おっとりした専業主婦の母親は、ゆっくりと記憶を失っていく夫に寄り添い、見守る日々だ。
長女の10代の息子や次女の恋人なども関わりながらの父親との長いお別れの物語は、高齢化が進む現代の日本では誰にとっても身近な風景だ。だからこそ、認知症や介護についての描写のソフトさは少し物足りない。
海外生活への順応に苦しむ母子の描写にも感じるが、状況を説明する部分が実感のない想像の域に留まっているようで、「こんなものではないだろう」とつい考えてしまう。
だが、現実から少し逸脱した場面――家族のメリーゴーランドのシーンなどは実にヴィヴィッドだ。『湯を沸かすほどの熱い愛』と同様に、「そうか、あの描写は後出のこのシーンを活かすためのものだったのか」と思わせる中野監督らしい作劇を堪能した。認知症というきっかけがありつつ、これは7年間かけて父親、夫、祖父と向き合いながら、自分自身と向き合った家族の物語として見るべきなのかもしれない。(文:冨永由紀/映画ライター)
『長いお別れ』は5月31日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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