ただならぬ高揚感とわけのわからない至福に涙がこぼれる

#旅のおわり世界のはじまり#黒沢清

『旅のおわり世界のはじまり』
(C)2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO
『旅のおわり世界のはじまり』
(C)2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

【週末シネマ】『旅のおわり世界のはじまり』

『岸辺の旅』(15年)で第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞を受賞するなど、海外でも高い評価と人気を誇る黒沢清監督が全編ウズベキスタン・ロケで撮った本作は、テレビ番組のロケで日本からユーラシア大陸の中心にあるウズベキスタンにやって来た撮影隊の物語だ。

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撮影隊といっても、リポーターの葉子と番組ディレクター、カメラマンとADの4人に通訳兼コーディネーターの地元の男性という5人。巨大な湖に棲息する幻の怪魚を探すというテーマだが、いつまで経ってもそれらしきものは姿を現さない。キリキリする日本人たちと、のんびり気質の現地の人々とは行き違いの連続で、ますます空気は悪くなる。

カメラが回り出すと、笑顔で声を張り上げ、カットがかかればサッと無表情に戻り、無茶ブリに一瞬怯んでも呑み込んで引き受ける。そんな風に割り切っているようでいて、内で葛藤しまくっている葉子を演じるのは前田敦子だ。ちょっと上ずったような話し方と危なっかしいような華奢な容姿が、揺れっぱなしのヒロイン像にぴたりとはまる。葉子は撮影の合間に1人で街をあてどなくさまよい、迷子になって不安にかられながらも歩き続ける。強風が吹いても、ちぎれもせずにどこまでも風に乗って飛んでいく葉っぱのように自由だ。

加瀬亮が余計なことは一切口にしないベテランのカメラマン、柄本時生が雑用一手を引き受ける、打たれ強いAD、染谷将太が撮れ高至上主義のディレクターを演じ、ウズベキスタンの大スター、アディス・ラジャボフが異なる文化2つを繋ぐ誠実な通訳兼コーディネーター役を丁寧な日本語で演じる。この4人と葉子の距離感は旅を通じて微妙に変化し続ける。

トラブル続発の海外ロケ・エピソード集のように物語は進むが、街を歩きながら角を曲がった先に異空間があり、つながれた白いヤギと出会ったり、思いもよらぬ方向に葉子の冒険が転がっていくのが面白い。

“舞台で歌う”という夢を密かに抱く彼女が、首都タシケントで偶然足を踏み入れた劇場でのシーンが素晴らしい。吸い込まれるように奥へ奥へ、奥へと分け入っていく。現実の中に夢を形にして出現させる演出に魅了される。撮影場所は日本との浅からぬ縁があるナヴォイ劇場だ。

葉子たちの撮影はその後も続く。この映画の「旅」とは葉子が最高の舞台を見つけるまでのことなのかもしれないと思う。ラストに向かってのただならぬ高揚感、わけのわからない至福に涙が出る。世界のはじまりとは、こういうことなのだ。(文:冨永由紀/映画ライター)

『旅のおわり世界のはじまり』は6月14日より公開。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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