【落語家・瀧川鯉八の映画でもみるか。/第1回】
私に映画の魅力を教えてくれた「原点」について語るところからはじめよう。
愛する映画との出会いは、いつも素敵だ。
出会いが素敵だから好きになるのかもしれない。
アキ・カウリスマキの映画に初めて出会ったのは、東京は十条にあるシネカフェ・ソト。
好奇心に乏しい引っ込み思案のぼくが、地下にある40席しかない小さな映画館に続く薄暗い階段を、何かに導かれるように降りたのは運命と言うほかない。
それまで観たことも聞いたこともないフィンランドの監督の『真夜中の虹』を上映するという。
使い込まれたバーカウンターに椅子が5脚。
その後ろにテーブルが3つあって革のソファー。
必要最低限のことしか口にしない寡黙なマスターがひとり。
いや最低限のことすら発していなかった。
歓迎もしなければ拒絶もしない。
なぜだかそれが心地好い。
隣にカーテン1枚で仕切られた映画館。
注文したハートランドビールに口をつけた途端照明が落とされた。
客はぼくを含めて3人。
映写機から光が放たれる。
すると、もやがかかったような幻想的な空間に包まれた。
うだつの上がらない人々による救いのない映画だった。
少しでもマシな暮らしを求めて密航を企てる家族をバックに「オーバー・ザ・レインボー」の曲が流れるラストシーンにだけ希望があるように思えるが、それだって、その後訪れるであろう不幸を連想させる。
だが、そこはかとなく静かなユーモアのおかげで感傷的な気持ちになることはない。
この映画に夢中になった。
はじめに口をつけただけのぬるいビールと幸福感だけが残った。
カウリスマキに満席は似合わない。
カウリスマキの映画に出てきそうなこの映画館でなければこんな思いにならなかっただろう。
十条にあるシネカフェ・ソト。
この小さな映画館との出会いは何ものにも代えがたい。
ぜひ足を運んでほしい。
少しだけ、ほんの少しだけ、暮らしていくのが楽しくなる。
※十条シネカフェ・ソトは2019年6月をもって、その12年の歴史に幕を閉じました。
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