戦争の一番の犠牲者は名も無き市民たち…伝説的女性記者が命を賭して伝えたものとは?

#映画レビュー#週末シネマ#プライベート・ウォー#メリー・コルヴィン#新聞記者

『プライベート・ウォー』
(C)2018 APW Film, LLC. ALL RIGHTS RESERVED
『プライベート・ウォー』
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【週末シネマ】『プライベート・ウォー』
戦場に散ったアイパッチ姿のクールビューティー

日本では今年『新聞記者』が話題となってロングラン上映されているが、同作のヒロインもひれ伏すであろう実在の女性記者が『プライベート・ウォー』の主人公、メリー・コルヴィンだ。

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コルヴィンは英「サンデー・タイムズ」紙の特派員を務めたアメリカ人記者で、1980年代から世界中の紛争地帯を取材し、2001年にスリランカ内戦を取材中に被弾して左目を失った。アイパッチ姿のクールビューティーという強烈な存在感と猪突猛進の取材で有名だった彼女は2012年、内戦が起きていたシリアのホムスで政府軍の砲弾を受けて56歳で死亡した。彼女がホムスに至るまでの日々を映画化したのは、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞候補作『カルテル・ランド』(15年)や『ラッカは静かに虐殺されている』(17年)などドキュメンタリー映画で知られるマシュー・ハイネマン。彼にとって初の劇映画だ。

「Vanity Fair」誌掲載の記事「Marie Colvin’s Private War」を基にした本作において、ハイネマンの演出は殊更コルヴィンを神話化しようとはしない。東ティモール、リビア、コソボ、チェチェン、イラン、イラク……世界中を飛び回り、左目を失い、PTSDに苦しみながらも戦場に足を運び続け、そこで起きている事実を伝える。それは使命でもあり、そういうふうにしか生きられない。そんな彼女を、功績だけで無闇に祭り上げるのではなく、蛮勇とも言える行動力と表裏一体の恐怖心という矛盾、アルコールに依存する素顔も等しく描こうとする。

本物のシリア難民たちも参加した、彼らにとって非常につらいシーンからは、芝居を超えてあふれ出す感情に胸を突かれる。想像ではない記憶が彼らを突き動かしているとしか思えない光景は、ドキュメンタリー作家であるハイネマンならではの演出だ。激化する戦場にとり残されて絶望の中で傷つき死んでいく人々の姿は、まるで観客がコルヴィンを通して目の当たりにしているような臨場感があり、だからこそ彼女の苦しみが沁み入るように伝わる。

プライベート・ウォーとは家族間など人同士や部族間などの争いの意だが、戦場と自宅のあるロンドンで過ごす様子が並行する構成から、どうしてもコルヴィンの内なる戦いに思いが及んでしまう。恋人がいて、友人がいて、頼れる仕事仲間もいて、それでも彼女はやはり1人だ。コルヴィンを演じるのは『ゴーン・ガール』のロザムンド・パイク。フランスの高級ブランドの下着やアイパッチというある種の鎧で身を固めたペルソナを作り上げ、無理を通してでも突き進むコルヴィンという人間を、渾身の演技で見せる。

無辜(むこ)の人々が1番の犠牲者になってしまう戦場に身を置き続け、どうして世界は彼らに目を向けようとしないのかを問い続けたコルヴィン。彼女が報道に生き、報道に殉じてから7年以上が経った今もなお、シリアを含めて世界の至る所で争いは続いている。彼女が自らの命をかけて伝えた現実に、私たちは真剣に向き合わなければならない。(文:冨永由紀/映画ライター)

『プライベート・ウォー』は9月13日より公開中。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。