【この俳優に注目】ホアキン・フェニックス/前編
“リヴァーの弟”と呼ばれ続けて…
10月4日に公開されるや、第1週の興行収入がアメリカ国内で9350万ドル(約100億円)、日本を含む世界73カ国で興収2億3400万ドルを記録する大ヒットとなった『ジョーカー』。コメディアンを志す心優しく孤独な男・アーサーが社会から拒絶され、悪へと染まっていく姿を描いた同作は公開前から物議を醸し、アメリカの一部上映館では不測の事態に備えて警戒が敷かれたほど。たかが映画、と一言で済ませられない不安を煽ったのは、狂気のヴィラン、ジョーカーへと変貌していく主人公を演じたホアキン・フェニックスの迫真の熱演によるところが大きい。
・『ジョーカー』が日米共に大ヒット。ヒットを後押しした4つの要因とは?
自身が社会の弱者だが、もっとか弱い存在に寄り添おうとする優しさを持ちながら、他者とのコミュニケーションがうまく取れず孤立し、ヒステリックな大笑いを響かせながら破滅へと一直線に進む男の悲しみを演じるホアキンには、早くもアカデミー賞最有力の声が上がっている。
1974年生まれで、10月に45歳の誕生日を迎えるホアキンは8歳から子役として活動してきた。兄は言わずと知れた故リヴァー・フェニックス。『スタンド・バイ・ミー』(86)で一躍スターになったリヴァーの弟──というのが、80年代には「リーフ」と名乗り、『スペースキャンプ』(86)『ラスキーズ』(87)などに出演していたホアキンに対する世間一般のイメージだった。
筆者が初めてホアキンの演技を見たのは1989年、『バックマン家の人々』だった。離婚家庭に育ち、中二病全開の多感な少年・ゲイリーを演じていた。兄のリヴァーは、特殊な事情を抱えた影のある少年役が多く、ヒッピーだった両親とカルト集団に参加していた経歴と重ねて語られることが多かった。一方、同じ生い立ちでもホアキンにはいい意味で普通っぽさがあり、親が稼いで自分は学校にちゃんと通うという、まるで実体験のない生活を送る少年役を当たり前のように自然に演じていた。余談だが、1990年に制作された『バックマン家の人々』テレビシリーズ版でゲイリーを演じたのはレオナルド・ディカプリオだ。
『誘う女』では人妻に誘惑され、そそのかされて彼女の夫を殺害しようとする高校生を演じた。嫉妬深くてキレやすい田舎の青年を演じた『Uターン』(98)、その後も何本も組んだジェームズ・グレイ監督の『裏切り者』(00)で演じた親友を悪の道へ引き込む男、助演男優賞候補としてアカデミー賞に初ノミネートされた『グラディエイター』(00)の傲慢なローマの皇帝、理想主義の神父の葛藤を演じた『クイルズ』(00)などなど。復帰からの5年間をざっと振り返ると、幸せな役はほとんど演じていない。悪役であってもそうではなくとも、暗く深い影がついて回る。20代のホアキンは、インディーズ作品から大作まで幅広いジャンルで活躍しながらも常に「リヴァーの弟」「2番目に有名なフェニックス」というイメージを引きずっていた。
リヴァーの弟という紹介が完全に不要となったのは、伝説的なカントリー歌手、ジョニー・キャッシュを演じてアカデミー賞主演男優賞候補になった『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(05)に出演した30歳を過ぎた頃からだろう。幼い頃に最愛の兄を亡くしたジョニーを演じ、取材のたびにリヴァーの話題を蒸し返されるのは不快な経験だったはずだが、圧巻の演技で伝説を体現した彼はこれを機に「誰かの弟」ではない一俳優、ホアキン・フェニックスになった(後編へ続く…)。
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