心に染みる傑作! はぐれ者同士の交流を描いた『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

#アレクサンダー・ペイン#ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ#ドミニク・セッサ#ポール・ジアマッティ#ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ#レビュー#週末シネマ

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
Seacia Pavao / (C) 2024 FOCUS FEATURES LLC.

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
Seacia Pavao / (C) 2024 FOCUS FEATURES LLC.
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『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
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Seacia Pavao / (C) 2024 FOCUS FEATURES LLC.
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

『サイドウェイ』のアレクサンダー・ペイン監督最新作

【週末シネマ】最初に映る映画会社のロゴマーク、画面に走る微かなノイズが懐かしい。かつて劇場で映画を見る時にはつきものだったディテールを再現し、まるで1970年代の作品かと見紛うオープニングの『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』は、れっきとした2023年製作のアメリカ映画だ。

【週末シネマ】アウシュヴィッツ強制収容所の隣で幸せに暮らす一家の姿、人間のグロテスクさに打ちのめされる衝撃作

必ずしも愛すべき性格ではない人物を主人公に据えて、品行方正なだけではいられない弱さや孤独、ひねくれ者の不器用な優しさを描き、笑いの中に哀愁がある人間ドラマを作り続けてきたアレクサンダー・ペイン監督(『アバウト・シュミット』『サイドウェイ』など)の最新作。第96回アカデミー賞で作品賞など5部門の候補となり、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフが助演女優賞に輝いた本作も、気難しい教師と生徒、寮の料理長の3人が織りなすコメディドラマだ。

ポール・ジアマッティが嫌われ者の教師を演じる

1970年、ボストン近郊の寄宿学校バートンではクリスマス休暇を家族と過ごせない生徒数名が居残り、古典学の教師であるポール・ハナムは校長から監督役を務めるよう言い渡される。そこには、学校に多額の寄付をしている上院議員の息子の成績に手心を加えず落第させたことへの報復めいた意味も含まれていた。

生徒5人に教師1人、そして料理長のメアリー・ラムの7人の冬休みが始まるが、ある生徒の父親が突然現れ、息子たちをスキーリゾートへ連れて行く。ただ1人、連絡がつかない両親の許可を得られなかったアンガス・タリーを除いて。ハナム先生とメアリー、そしてアンガスの3人が正真正銘の“置いてけぼり(ホールドオーバーズ)”となって物語は本格的にスタートする。

『サイドウェイ』(2004年)でも主演を務めたポール・ジアマッティが演じるハナムは、かつての母校で教鞭を取っている。生徒たちは堅物の彼を嫌い、斜視で皮膚疾患のために魚のような体臭という身体的特徴を陰で嗤う場面もある。嫌われ者を自覚するハナムは教養で武装し、生活圏はほぼ校内のみという孤独な人物だが、本質的には他者を拒絶しない。皮肉屋だが、教育者として生徒と向き合う真摯さは最初からはっきりとわかる。

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

Seacia Pavao / (C) 2024 FOCUS FEATURES LLC.

名優とわたりあった新星ドミニク・セッサ

17歳のアンガスは頭の回転が早く、斜に構えた態度を崩さないが、数ヵ月前に再婚した母が休暇の予定を急きょ新婚旅行に変えたことに傷ついている。小賢しさを絵に描いたような生意気さと影のある表情の少年を演じたドミニク・セッサは本作が正真正銘のデビュー作で、撮影時はロケ地であるマサチューセッツ州の全寮制学校に在籍中だった。名優ジアマッティと堂々とわたりあい、反目し合う教師と生徒が紆余曲折を経て心を開いていく過程を繊細に表現し、天賦の才能を開花させた。

オスカー受賞も納得のランドルフ

男子校の料理長を務め、シングルマザーとして育てた一人息子カーティスをベトナム戦争で亡くしたばかりのメアリー・ラムは、ハナムとアンガスの触媒的な役割に留まらないキャラクターだ。息子を自らの勤務先で学ばせる機会に恵まれても大学進学の資金はなく、兵士となって命を落としたカーティスと最後に過ごした場所に留まる女性が抱える深い悲しみと怒り、生来の愛情深さを演じてランドルフはオスカー助演女優賞を受賞した。

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

Seacia Pavao / (C) 2024 FOCUS FEATURES LLC.

何気ないシーンも秀逸

寄宿学校の教師と生徒を描いた作品には、『チップス先生さようなら』(1939年、1969年)や『いまを生きる』(1989年)など名作は多いが、ペイン監督は1935年のフランス映画『Merlusse(原題)』にインスピレーションを得たと語っている。クリスマス休暇中、その体臭から「鱈(Merlusse)」とあだ名をつけられた目に障害のある教師と寄宿学校に取り残された数人の高校生たちという設定で、ほとんどリメイクと言ってもいいほど似ているが、ペインと脚本家のデヴィッド・ヘミングソンはそこを出発点に、師弟にして同窓の先輩後輩でもある2人の連帯感や1970年のアメリカならではの背景を重ね、世代間のギャップやボストンへの小旅行のエピソードなどから独自の物語を作り出した。

何気ないシーンが妙に印象的だ。1日の終わりに、テレビを見ているメアリーのところにハナムがやって来る。この場面の2人の会話と佇まいが素晴らしい。ジアマッティは、『サイドウェイ』で共演したサンドラ・オーが聞き手を務めたランドルフとの対談動画(※1)で、脚本を読んでこのシーンを演じてみたいと思ったと語った。画面に映る番組についてのお喋りが、わずかな沈黙を挟みながら徐々に胸襟を開く会話になっていく。

このシーンのみならず、本作は会話の面白さと同時に台詞のない瞬間も重要な空間を作り出しているのが印象的だ。1人きりでいる時、他者を意識せずに振舞う様子。あるいは言葉を介さずに、一緒にいる相手を気にかける様子。脚本のデヴィッド・ヘミングソンはさまざまな機会に、その描写は宮崎駿の作品にある「Ma(間)」からインスピレーションを得たと語っている。

理不尽なことばかり続く中で、はぐれ者同士に芽生える共感の物語だが、彼らはベタベタしない。悪あがきのみっともなさも晒し合った相手だからこそ、心意気を分かり合った距離感が美しい。物悲しさもおかしさも、不安や希望も全てある冬景色の世界の温かさが心に沁みる傑作だ。(文:冨永由紀/映画ライター)

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『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』は、2024年6月21日より全国公開中。

※1:参考動画<https://www.youtube.com/watch?v=ffeo4YWsyUw>

[動画]ある学校の休暇を舞台に孤独な魂が寄り添い、ほろ苦くもあたたかな映画『ホールドオーバーズ』予告編