36歳女性と13歳少年の不倫と結婚、実話をもとに当事者の心情に切り込む
#ジュリアン・ムーア#チャールズ・メルトン#トッド・ヘインズ#ナタリー・ポートマン#メイ・ディセンバー ゆれる真実#レビュー#週末シネマ
トッド・ヘインズ監督作品『メイ・ディセンバー ゆれる真実』
【週末シネマ】5月(メイ)と12月(ディセンバー)と言われても日本語ではイメージが湧かないが、英語では歳の差があるカップルを指す慣用句だという。ナタリー・ポートマンとジュリアン・ムーアというオスカー俳優2人が共演し、『キャロル』(15年)のトッド・ヘインズ監督が手がけた本作は、1990年代アメリカで起きた通称“メイ・ディセンバー事件”(成人女性と未成年男性の情事が発覚し、女性が実刑判決を受けた)の実話をモチーフにした物語だ。
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名前や境遇などを脚色した本作では、発覚当時36歳だった既婚女性のグレイシーと13歳の少年だったジョーのその後を描く。2015年、夫婦となった彼らのもとに、スキャンダラスな実話の映画化作でヒロインを演じることになった俳優が訪ねてくるという設定だ。かつて世間を騒がせた2人だが、グレイシーの獄中出産を経て結婚した後、双子も誕生し、幸せな家庭を築いている。
ナタリー・ポートマンとジュリアン・ムーアが緊張感みなぎる演技を披露
製作も務めるポートマンが演じる俳優エリザベスは、20歳以上も年下の少年に惹かれた女性の心情を深掘りするために、グレイシー(ジュリアン・ムーア)とジョー(チャールズ・メルトン)夫妻に密着する。あらかじめ了解を得ているとはいえ、単刀直入すぎる質問や近すぎる距離感に面食らうが、異様なのは彼女だけではない。周囲の好奇の目に晒されながらも事件当時から同じ地で生活を続けているグレイシーも、今や立派に成長して頼れる父親然としたジョーも、平穏な日々の中に無意識の葛藤を抱えて生きているのが次第に露わになっていく。
グレイシーを徹底的に知り尽くそうとするエリザベスは、夫妻の子どもたちやグレイシーの元夫やその息子など、多くの関係者にも調査する。有名人という切り札を最大限に利用し、愛想を振り撒きながら欲しいものを手に入れる彼女は目的のために何事も割り切るドライさを捨てない。
過去の自分を演じるというエリザベスをにこやかに受け入れるグレイシーには底知れない複雑さがあり、時に恐ろしいほど自己中心的な言動となって現れる。
まるでYouTubeのメイク指南動画のようにエリザベスとグレイシーが鏡の前で並ぶシーンをはじめ、2人が対峙する場面はどれも腹の探り合いの緊張感が凄まじい。同時にポートマンとムーアはキャラクターの持つ隙を巧みに表現し、奇妙なユーモアを醸し出す。
チャールズ・メルトンの繊細な演技が胸に迫る
妻が自分と初めて関係を持った時と同じ年齢になり、子どもたちが巣立つ時を迎えたジョーの心は大きく波立っている。人より早く大人になることを強いられた彼は、その一方でわが子よりも世間知らずで幼い部分を持っている。
ジョーを演じるメルトンはTVシリーズ『リバーデイル』(2017年~2023年)で人気を博し、アジア系(母親が韓国出身)のスターとして注目を集めている。長身で美形、しかも愛妻家という典型的な理想の男性像を体現するジョーが、高校の卒業式を控えた息子と会話する場面には彼が抱える混乱が迸る。父親としての正直すぎる気持ちを吐露するナイーブで傷つきやすい姿は胸に迫る名演で、メルトンは第58回全米映画批評家協会賞をはじめ、多くの映画賞で助演男優賞を受賞した。
エリザベスの出現によって、図らずも自分たちの関係を省みることになった夫妻の心の揺らぎ、観察しながら大胆に踏み込むことでグレイシーと同化していくエリザベスの俳優としての性質が織りなす関係図は、当事者に対する傍観者、あるいは映画(物語)に対する観客の好奇心を映し出し、画面を見ているだけで妙に共犯意識を誘われる。
本作は昨年の映画賞シーズンではコメディ作として扱われた。決してストレートに笑わせる作品ではないが、ダークなユーモアと描写のギャップから笑いを誘う瞬間がいくつもある。冒頭から繰り返し流れるのはジョゼフ・ロージー監督の『恋』(1971年)のサウンドトラックの1曲で、『シェルブールの雨傘』(1963年)などのミシェル・ルグランが手がけている。
冷蔵庫の中身を心配する些細な呟きに対して深刻すぎる表情、そこにあまりにドラマティックな旋律を被せる演出はソープオペラの手法を模しているようで、笑わせる意図がないとは思えない。
現実でも、他者の目にはみっともない振舞いをしている人物の脳内ではドラマティックなBGMが流れているのかもしれない。本人は泣きたいくらいの窮地だが、傍ではそれを面白がって見ていることもままある。その意味で、ここに描かれる滑稽で切実な人生というコメディは恐ろしいほどリアリティに満ちている。(文:冨永由紀/映画ライター)
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』は、2024年7月12日より公開中。
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