【落語家・瀧川鯉八の映画でもみるか。/第5回】
都内にはいくつか寄席があります。
浅草、上野、新宿、池袋。
半蔵門には国立演芸場も。
どれも素晴らしい小屋だが、寄席初体験の方を連れていくなら新宿にある末廣亭を個人的にはお薦めします。
新宿のど真ん中にあり、伊勢丹デパートの近くにある末廣亭。
こんな都会の賑わう街に古い木造の寄席が存在してるだけでも奇跡だと思います。
勇気をもって入場すると、そこには味わったことのない歴史と伝統が感じられる、江戸時代にタイムスリップしたかのような空間が広がっています。
時の流れも少しゆっくりに感じられ、人からやる気を奪っていくような自堕落な快感と、秘密基地を見つけたようなドキドキで、極上の大人だけが得られるなんとも言えない居心地の良さがあります。
先日、末廣亭の夜席の出番をいただきました。
ぼくとしては精一杯おしゃべりしたつもりでしたが、あまりお客さんに喜んではもらえませんでした。
というか、スベりました。
とてつもなくスベりました。
お客さんには罪はありません。
すべてはぼくの力不足です。
なぜならば、他の演者は笑いをとってましたから。
ぼくのときだけ、客席には死体が座ってるかのようでした。
すべてはぼくの力不足です。
そんな傷を癒すために岩手県に旅に出ました。
桂小文治師匠にお仕事をいただいて、二戸にある萬代館という映画館での落語会でした。
映画好きな方はご存知でしょう、萬代館。
明治の頃から芝居などを行っていた小屋で、昭和23年に改築したときの外観を今なお残す古きよき映画館です。
朱色と白を貴重とした外観も素晴らしく、中に入っても昔のコンクリート打ちっぱなしの壁と、2階に繋がる階段の螺旋のカーブが美しく、いまでも映写機は大活躍しています。
2階のいちばん後ろの席に座り、まだ誰もいない客席を眺めると、戦後から高度経済成長のころの、映画がまだ娯楽の王様だった頃の様子がありありと頭に浮かんできました。
地元の老若男女で埋め尽くされた、観客みんながひとつのスクリーンに夢中になる様子が。
みんはで泣き、みんなで笑った、あの時代が。
そう、日本の『ニュー・シネマ・パラダイス』がぼくにははっきりと見えました。
・鯉八さんが日本の『ニュー・シネマ・パラダイス』を感じた萬代館
設計などに力を貸したおかげで、毎年一度きりの落語会のために末廣亭そっくりの高座が出来上がり、そして翌日にはまた解体させるという、なんとも贅沢な落語会が生まれました。
萬代館という素敵な映画館に末廣亭が再現されるのですから、映画好きの落語家には夢のような体験です。
満員のお客さんの前で精一杯おしゃべりしました。
するとどうでしょう。
お客さんも末廣亭そっくり。
もちろんすべてはぼくの力不足。
お客さんには罪はありません。
※【鯉八の映画でもみるか。】は毎月15日に連載中(朝7時更新)。
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