『ラ・ラ・ランド』(16)『ファースト・マン』(18)のデイミアン・チャゼル監督が初めて挑んだテレビシリーズ『ジ・エディ』が、Netflixで配信がスタートした。
・イケメンぶりも話題に! 史上最年少でアカデミー賞監督賞を受賞しているデイミアン・チャゼル監督
出世作である『セッション』(14)以前に、“現代のパリにあるジャズクラブを舞台にしたドラマ”というコンセプトを製作総指揮で作曲家のグレン・バラードらと話し合い、ストーリーやキャラクターはその後から組み立てていった全8エピソードのミニ・シリーズは、かつてニューヨークで一世を風靡したジャズピアニストで、現在はパリで小さなジャズクラブ「ジ・エディ」を経営するエリオットが主人公だ。
パリのアメリカ人、エリオットの物語であると同時に、各エピソードに登場人物1人1人の名前がつけられ、彼らに焦点を当てて展開する物語は、エッフェル塔など観光名所とは無縁の日常のパリの風景の中で、言葉も文化もさまざまなルーツの人々が集まるパリの今を映し、音楽を触媒に人間を描いていく。エリオットの相棒でクラブの共同経営者のファリドはアラブ系、ハウスバンドのメンバーはポーランド、キューバ、クロアチア、アメリカ、カナダなどあらゆる国から来てパリで出会った面々だ。バンド・メンバーの大半は本物のミュージシャンで、劇中の演奏は現場でライブ撮影されたものだという。
エリオットを演じるのはアカデミー賞受賞作『ムーンライト』(16)のアンドレ・ホランド。『COLD WAR あの歌、2つの心』(18)のヨアンナ・クーリクが、「ジ・エディ」のハウスバンドのヴォーカリストでありエリオットの恋人でもあるポーランド出身のマヤを、ホアキン・フェニックスがキリストを演じた『マグダラのマリア』(17)などに出演し黒沢清監督の『ダゲレオタイプの女』(16)に主演したタハール・ラヒムがファリドを演じる。
エリオットが別れた妻との間にもうけた10代の娘ジュリーは家族と折り合いが悪く、パリに来てインターナショナル・スクールに通い始める。言葉も通じない場所で父とも気持ちがすれ違い、荒れる少女を演じるアマンドラ・ステンバーグの存在感が圧倒的だ。
演出は4人の監督が2話ずつ担当し、チャゼルは最初の2エピソード、最終2エピソードを製作総指揮も務めるアラン・プールと、冒頭と結末をアメリカ人の男性監督が務め、3〜6エピソードはウーダ・ベニャミナとライラ・マラクシというフランスで活躍する女性監督が担当。パリのジャズクラブという軸を決めて、それぞれの監督が自由なスタイルで撮る。それぞれの違いが1つのキャラクターの多面性を表す。
チャゼル担当の2エピソードは16ミリフィルムで撮影されている。第1話のオープニングはかなりの長回しで、カメラが人物を追いかけるような撮り方が面白い。待ち構えるのではなく、彼らの行動に反応する映像はドキュメンタリーのようなタッチを感じさせる。
裏社会が絡む犯罪ドラマに巻き込まれたエリオットはクラブを守るために闘いながら、つらい過去、マヤとの関係、愛娘との関係について向き合う。さらにジュリーの恋、ファリドと妻アミラ、バンドメンバーそれぞれの事情など、クラブの外での出来事を描きながら、物語はいつも彼らの居場所である「ジ・エディ」に戻る。混沌の中で“居場所”というものがもたらす希望についても考えさせられた。皆が集い、音楽を奏でて楽しむ。そんなささやかな喜びから遠ざかるしかない今、「ジ・エディ」に映し出される光景はあまりにもまぶしい。
『ムーンライト』が2017年の第89回アカデミー賞で作品賞を受賞した時、封筒の取り違えによって受賞作品名が誤って発表される事件が起きた。この時、最初に発表されたのがチャゼル監督の『ラ・ラ・ランド』(16)。この年の賞レース期間中に知り合ったのがきっかけで、今回チャゼルはホランドに連絡、エリオット役をオファーしたという。(文:冨永由紀/映画ライター)
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