Apple TV+『ディスクレーマー 夏の沈黙』
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画像提供 Apple TV+
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Apple TV+『ディスクレーマー 夏の沈黙』キービジュアル

ケイト・ブランシェットとアルフォンソ・キュアロン監督がタッグ

近年、ゲイリー・オールドマン(『裏切りのスパイ』)やニコール・キッドマン(『ビッグ・リトル・ライズ』)、ジョディ・フォスター(『トゥルー・ディテクティブ』)などオスカー俳優が次々とTVシリーズに進出しているが、Apple TV+の『ディスクレーマー 夏の沈黙』で新たにケイト・ブランシェットもこの流れに加わった。

引退宣言した名優が最後の主演作で一世一代の名演、70年に及ぶ俳優人生を振り返る

『ゼロ・グラビティ』と『ROMA』でアカデミー賞を5度受賞しているアルフォンソ・キュアロンが脚本・監督を務めた本作は、著名な女性ジャーナリストが過去の出来事によって社会的地位や家庭の崩壊の危機に直面するサイコスリラーだ。

Apple TV+『ディスクレーマー 夏の沈黙』

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3つの物語が緻密な構成で同時に描かれていく

冒頭、いきなり登場するのは列車内でいちゃつく若い男女だ。そして何の説明もなく、場面はとある授賞式へと切り替わる。ブランシェットが演じるジャーナリストのキャサリンがテレビジャーナリスト賞を受賞し、拍手喝采を浴びているところから場面はさらに変わり、学校の教室で騒ぐ生徒たちを前に不機嫌な老教師が登場する。彼らが主要人物だが、その繋がりはこの時点ではまだわからない。

Apple TV+『ディスクレーマー 夏の沈黙』

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3つの物語を同時に描く全7話の構成は緻密だ。1つは現代の時間軸ではキャサリンと彼女の家庭の風景。サシャ・バロン・コーエンがNGOを運営する知的で穏やかな夫のロバート、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021年)でアカデミー助演男優賞候補になったコディ・スミット=マクフィーが母との関係不和な一人息子のニコラスを演じる。

並行して描かれるのはケヴィン・クラインが演じる元教師の老人スティーヴンの物語だ。退職した彼は妻ナンシーの亡き後、抜け殻のような日々を送っていたが、ある日、妻が生前に書き残した「行きずりの人」という小説の原稿を偶然見つける。内容は20年以上前に旅先のイタリアで命を落とした息子ジョナサンに関わるものだった。同時に見つかった写真の数々はジョナサンが最後に撮ったもので、そこには旅行を楽しむ彼の姿だけではなく、見知らぬ女性の痴態がとらえられていた。

残る1つは「行きずりの人」で描かれる、イタリアへの旅で起きた出来事だ。ジョナサンと若き日のキャサリンの身に何が起きたのか、ナンシーが綴った内容をもとに再現される。

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過去の行動により脅される主人公は『TAR/ター』とも重なる

タイトルの「ディスクレーマー」とは“免責事項”や“注意書き”を意味する。授賞式から帰宅したキャサリンは、届いていた1冊の本を手に取る。「我が息子、ジョナサンへ」と記された本の扉には「生死に関わらず人物の類似は偶然ではありません」という文言が“お断り”として書かれていた。

読み始めると、そこに描かれていたのは彼女が胸の奥深く封印していた過去の秘密だった。現在と、過去を交錯させる手法で、徐々に真相が明かされていく。だが、ただ1つの事実は、誰が何をどう語るかによって大きく揺らぐ。真実とは、正義とは何なのか。登場人物それぞれがナレーターを務めるが、いつ誰が語っているのかも重要なポイントだ。

名声を築き上げたセレブリティが、過去の行動によって公私ともに脅かされるという設定は、ブランシェットがつい最近演じたばかりの『TAR/ター』(2022 年)の主人公と重なるが、それさえもある意味、狙いなのかもしれない。

俳優たちの素晴らしい演技とこだわりの映像

ブランシェットの素晴らしさは言うまでもないが、キャサリンの若き日を演じるレイラ・ジョージとジョナサン役のルイ・パートリッジは物語の水先案内人として、絶妙な仕事を見せている。そしてジョナサンの両親を演じるケヴィン・クラインとレスリー・マンヴィルという名優2人、さらにコーエンが演じるキャサリンの夫の面白みのない凡庸さ、スミット=マクフィーの危うさも的確で、見事なアンサンブルだ。

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撮影は『天国の口、終りの楽園。』(2001年)『トゥモロー・ワールド』(2006年)『ゼロ・グラビティ』(2013年)でキュアロンと組んできたエマニュエル・ルベツキと、フランス映画『アメリ』や近年のコーエン兄弟作を手がけて今回がキュアロンとの初タッグとなるブリュノ・デルボネルが担当し、それぞれがキャサリンとスティーヴンの視点となる分担作業によって、登場人物の個性がより際立ち、視覚的に物語の深層を表している。

第1話の授賞式シーンで、プレゼンターとして本人役で登場する実在のジャーナリスト、クリスチャン・アマンプールのスピーチが印象的だ。彼女は「私たちが操られるのは自身の信念と判断」というキャサリン自身が発した警告に言及する。これは、このドラマをこれから見る我々にも向けられていたものだったのだ。(文:冨永由紀/映画ライター)

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『ディスクレーマー 夏の沈黙』はApple TV+にて配信中