性のゲームに溺れる女性CEO役をニコール・キッドマンがタブーなき熱演!

#アントニオ・バンデラス#ニコール・キッドマン#ハリス・ディキンソン#ハリナ・ライン#ベイビーガール#レビュー#週末シネマ

『ベイビーガール』
『ベイビーガール』
(C) 2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『ベイビーガール』
『ベイビーガール』日本版ポスタービジュアル

完璧な女性がインターンの若者に翻弄される『ベイビーガール』

【週末シネマ】ベイビーガールとは、誰のことなのだろうか? ニコール・キッドマンが昨年のヴェネチア国際映画祭で最優秀女優賞を受賞した本作は、公私ともに完ぺきな女性CEOと若きインターンの青年との危うい関係を軸に展開する。

ニコール・キッドマンのエロティック ・エンターテインメント『ベイビーガール』、より刺激的な第二弾予告公開!

キッドマンが演じる主人公ロミーは、ニューヨークで起業し成功したCEO。夫と10代の娘2人と暮らし、何不自由ない生活を送っているが、心の空白を埋められずにいる。そんな彼女がインターンとして自社にやって来た青年サミュエルに魅せられ、次第に社内の上下関係を超えた危険なパワーゲームにのめり込んでいく。

官能的で陳腐な性のゲームを繰り広げる二人

印象的な最初の遭遇から始まり、格下の若者に翻弄されるロミーを、キッドマンは一切の躊躇なく演じる。その迫真の演技には圧倒されるものがある。

かつて『誘う女』(1995年)で若き日のホアキン・フェニックス演じる青年を誘惑し、意のままに操った彼女が、本作では息子のような若者に言われるままに従う。プライド、恥じらい、マゾヒスティックな指向……矛盾する要素がひしめく内面をロミーはさらけ出す。禁断の関係に溺れる一方で体裁を保つため姑息な手段も辞さない。タブーなき熱演は、見てはいけないものを目撃したような気まずさと同時に、奇妙な説得力をもって共鳴を呼び起こす。

ベイビーガール

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ジョージ・マイケルやINXSをBGMに繰り広げられるロミーとサミュエルの性のゲームは官能的でありながら、陳腐な妄想をなぞるようでもある。おそらく、それも作り手の意図なのだろう。どれほど身も蓋もない振る舞いをしても、人はそんな自分を愛せるのか。作品はそんな問いを突きつけてくる。

監督・脚本を手がけるのは、オランダ出身の俳優で、ポール・ヴァーホーヴェン監督の『ブラックブック』などに出演したハリナ・ライン。1975年生まれの彼女は少女時代に見た『氷の微笑』『危険な情事』『ナインハーフ』といった1980~90年代のセクシーなスリラーからインスピレーションを受けたという。男性監督によって描かれてきた女性の性を、2020年代の視点から再解釈する試みだ。

このテーマは、キッドマンが近年取り組み続けてきたものの集大成とも取れる。裕福なセレブ・カップルとして暮らしながらも、実情は問題だらけ。その渦中でもがく中年女性。TVシリーズ『ビッグ・リトル・ライズ』をはじめ、キッドマンは数々の出演作で大人の女性の葛藤を体現している。その多くが女性監督の作品だ。これは、オスカー俳優としてハリウッド大作からインディーズ映画まで幅広く出演してきた彼女の意識的な選択だ。

大胆に仕掛ける若者をハリス・ディキンソンが好演

ハリス・ディキンソンは、ごく普通のようでいて得体の知れない魅力を放つサミュエルを見事に演じている。ヨルゴス・ランティモス監督の『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2018年)でコリン・ファレルとキッドマンが演じる医師とその妻の家庭に入り込み、崩壊させる少年を彷彿とさせる。立場は下だが、距離感が異様に近く、違和感を覚える頃には主導権を握っている。

ランティモスが起用したのは一見純朴そうなバリー・コーガンだが、ライン監督が選んだのは『逆転のトライアングル』(2022年)で男性モデルを演じたディキンソンだ。程よく容姿端麗で、涼しい顔で大胆な発言と行動を仕掛けてロミーをたじろがせる。

ベイビーガール

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夫役にはアントニオ・バンデラス

ロミーを優しく愛する舞台演出家の夫ジェイコブを演じるのがアントニオ・バンデラスという配役も巧みだ。ペドロ・アルモドバル作品で名を馳せ、ハリウッドではセクシーな誘惑者を演じ続けた彼が、ここでは少し退屈な安定の象徴を体現している。

ベイビーガール

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混乱するロミーを見て思うのは、自己評価の厄介さだ。他者からどれほど羨まれようと、最終的に自分をどう判断するかがすべてなのだから。

個人的な話になるが、才覚も容姿も社会的地位もロミーの完璧さから程遠いにも関わらず、他者から「いい子」などと言われるのはたまらなく不快だ。だが、そう囁かれたロミーは催眠術の暗示か甘い呪いにかけられたかのように深みに嵌まっていく。

成功を収めた優秀な女性が、将来を嘱望された若き日にかけられたであろう呪いの正体は終盤に一瞬姿を見せた気がする。彼女は見えない呪縛から解放されたのだろうか。

それにしても、ベイビーガールとは誰のことなのか? 「The Hollywood Reporter」誌のキッドマンのインタビューを読んで、実は英語圏のネット用語でフィクションのキャラクターや実在のセレブで魅力的な男性を指すことを知った。なるほど、それを踏まえて見ると、また異なる世界が見えてくる奥深い作品だ。(文:冨永由紀/映画ライター)

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『ベイビーガール』は2025年3月28日より全国公開中。

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