ようこそ映画音響の世界へ
ようこそ映画音響の世界へ

『ようこそ映画音響の世界へ』は、 映画で使われる様々な「音」にスポットを当てたドキュメンタリーだ。2017年に『すばらしき映画音楽たち』という同趣向のドキュメンタリーが公開されているが、そちらが音楽のみにテーマを絞った作品だったのに対して、こちらは映画の音を構成する「声」「効果音」「音楽」の3要素すべてをフォローした作品となっている。

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もし『スター・ウォーズ』シリーズのダース・ベイダーの呼吸音、R2-D2やチューバッカの“言葉”、ライトセーバーの起動音、タイ・ファイターの飛行音が「あの音」じゃなかったら? もし『ジュラシック・パーク』のティラノサウルス・レックスの鳴き声が、あれほどの恐ろしさをもって轟かなかったら? もし『地獄の黙示録』の爆撃シーンで、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」が大音量で鳴り響くことがなかったら? 本作は、知られているようで実はまったく知られていない映画音響という仕事の全貌を、音響デザイナーや映画音楽家、映画監督による以下のようなコメントを交えながら浮き彫りにしていく。

「音が与える印象は映像よりずっと強い」(ウォルター・マーチ)
「映画の音は、錯覚のアートだ」(ベン・バート)
「映画の音は感情を大きく左右する要素だ」(ゲイリー・ライドストローム)
「物語に命を与えるのは音だ」(スティーヴン・スピルバーグ)
「音楽が物語の救いになる」(ソフィア・コッポラ)
「音によって感情の幅が広がる」(クリストファー・ノーラン)
「音楽が観客を映画の世界に引き込むんだ」(ハンス・ジマー)
「映画は映像と音の2つでできている」(アン・リー)
「映画体験の半分は音だよ」(ジョージ・ルーカス)

中でも最後のジョージ・ルーカスのコメントは、このドキュメンタリーの核心をもっとも簡単な言葉で言い当てている。音にこだわり抜いて『スター・ウォーズ/新たなる希望』を完成させたものの、1977年当時の映画館のチープな再生環境では自分の意図したサウンドが観客にしっかり届かない。そんな理由から映画館の映像と音のクォリティ基準=THX規格まで策定してしまったルーカスならではの、重くて深みのある言葉だ。

1927年に世界初の長編トーキー『ジャズ・シンガー』が公開され、ラジオドラマの手法を取り入れた1941年の『市民ケーン』で音質が格段に向上。多種多様な効果音がデータバンク化され、映画の工業製品化が進んだ1950~60年代を経て、ドルビーラボラトリーズの映画界参入でさらなる音質向上が実現した1970年代。そしてピクサーの設立などによりアナログからデジタルへのシフトチェンジが加速した1980年代後半。音声チャンネルはモノラルからステレオ、4ch、5.1ch、7.1ch、ドルビーアトモスと進化を遂げ、この1世紀近い時間の中で映画の音は飛躍的に「できること」の領域を広げている。

そんな時系列やフォーマットの変遷とともに語られる音響デザイナーたちのエピソードのひとつひとつがとにかく面白い。ウォルター・マーチ、ベン・バート、ゲイリー・ライドストロームらがどのようなプロセスを経て観客のハートに刺さる音を創造したのかが、貴重な映像やミックスダウン前の音源とともに「種明かし」されていく。従来のSF映画に多かったシンセサイザーによる電子音を使わず、ほとんどを生音で構成されたベン・バートによる『スター・ウォーズ』の音づくりはファンならずとも必見だし、『ジュラシック・パーク』でゲイリー・ライドストロームによって生成されたティラノサウルス・レックスの野太い鳴き声を聴いて、スピルバーグが「椅子から転げ落ちた」という話も痛快だが、特に多くの時間を割いて紹介されるのがウォルター・マーチによる『地獄の黙示録』のエピソードだ。

3人のうちでとりわけ長いキャリアを誇るウォルター・マーチは、ジョージ・ルーカスやフランシス・フォード・コッポラとともに映画製作スタジオ、アメリカン・ゾエトロープ社を設立し、これまでに数多くの受賞歴を誇る音響デザインの分野の重鎮だ。作中では「映画の音響に関わる者すべての父親的存在」と讃えられている。そんなマーチの口から『地獄の黙示録』の文字通り地獄のような編集の日々の話が聞けるのは嬉しい。音響をオーケストラに見立て、ヘリのモーター音、銃撃の音、船が川を上る音、ジャングルの環境音など、それぞれの音に対してひとりの担当者を置く分担制を導入。自身が指揮者の役割を務めることで、一貫性のある音づくりを図ったという。その成果は、ドルビービジョン&ドルビーアトモスでリマスターされた40周年版『地獄の黙示録 ファイナル・カット』でさらにブラッシュアップされ、再提示されたばかりだ。

自身の経験やノウハウを綴った『映画の瞬き 映像編集という仕事』という著作の中で、ウォルター・マーチはこんなことを書いている。「決定的な要因はテクノロジーではない。(中略)私たちはとどのつまり、人間の魂が支配する世界に生きている」。

音響デザイナーたちが監督とともに魂を削って創り上げた映画の音の数々。その舞台裏が知られることで「音は映像の添え物」という多くの観客の認識が少しでも改められればいいと思う。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)

『ようこそ映画音響の世界へ』は8月28日より新宿シネマカリテほかにて全国順次公開。

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