突飛なメイクや衣装もなく、地味なスーツ姿の中年男。扮装という鎧を外した無防備な状態だからこそ、ジョニー・デップがいい俳優だと改めてわかる。『グッバイ、リチャード!』は50代半ばを過ぎたデップの魅力を堪能する作品だ。
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彼が演じるのは、突然肺がんで余命宣告を受けた大学教授のリチャードだ。治療すれば1年から2年、何も手を打たなければ、残された時間は6ヵ月。動転しつつも事実を受けとめ、妻子に告げようとするが、それより先に娘と妻がそれぞれ抱えていた秘密を告白し、リチャードは自身の余命宣告について話すきっかけを失ってしまう。これを機に、それまでルールを重んじ、自制心を働かせてきたリチャードは無難な生き方を放棄、治療も拒否して残された半年間を自分のために謳歌し始める。
では何をするかと言えば、講義中に型破りな持論を披露し、酒を飲んだり、マリファナを吸ったり。その他にも彼が思いつくのはどれも想定内の行動で、あっと驚くようなものではない。だが、その行動の1つ1つが、よく言えば平穏に、悪く言えばつまらなく生きてきた普通の大人の考える“非常識”のリアリティを示していて、こぢんまりとしたお騒がせなのが微笑ましい。普通と書いたが、私生活での武勇伝の数々が知られるデップにとっては、宣告を受ける前のリチャードのような生き方は、デップ本人の“普通”から最も縁遠いように思える。それでも、外見こそ悪くはないが、妻には浮気され、溺愛する娘にも相手にされず、家庭で所在なさそうな中年男にちゃんと見えるのだ。今年57歳なのだから、当然かもしれないが、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズや盟友ティム・バートン監督作での念入りなキャラクター作りの印象があまりにも強く、90年代半ば頃までのイメージが薄れていた。本作で見せる、肩の力が抜けた自然な演技に『アリゾナ・ドリーム』や『ギルバート・グレイプ』の頃のデップを思い出した。
リチャードの自棄気味の暴走はちょっと引いてしまうくらいの悪ノリだが、死と向き合うようで向き合わず、向き合わないようで常にどこかで意識して揺れ続ける心情を、きれいごとにまとめず、混乱気味のまま進んでいくという展開も、デップの持つロックスターのような存在感をもってすれば、この際ありだと感じさせる。
ダニー・ヒューストン、ゾーイ・ドゥイッチら脇を固める俳優も良い。腹黒い悪役の多いヒューストンが誰よりも親身にリチャードを気遣う愛すべき親友を演じ、Netflixオリジナル・シリーズ『ポリティシャン』などのドゥイッチは作品ごとにガラリとイメージを変えてくる演技力をここでも見せる。上映時間91分という小品だが、デップの余裕の快演を何よりもまず楽しみたい1本だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『グッバイ、リチャード!』は8月21日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
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