映像も物語も温かみがある大人気BL『海辺のエトランゼ』、世界観そのままに劇場アニメ化!

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海辺のエトランゼ
『海辺のエトランゼ』
(C)紀伊カンナ/祥伝社・海辺のエトランゼ製作委員会

切なくてじれったい心洗われるようなラブストーリー

沖縄を舞台に温かみのあるイラストで繊細な物語を綴った大人気BLコミック、「海辺のエトランゼ」が劇場アニメ化されて9月11日から公開されている。「海辺のエトランゼ」はBLコミック誌「on BLUE」に連載していた紀伊カンナ原作によるピュアなラブストーリー。人気が高くシリーズ化されていて続編となる「春風のエトランゼ」は4巻まで発売されており、新刊が先月8月末に発売された。

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沖縄の離島で暮らす小説家の卵の橋本駿は、 海辺で物憂げに過ごす高校生の知花実央(ちばなみお)と出会う。母ひとり子ひとりだった実央は母を亡くして孤独を胸に抱え、駿は同性が好きなことから心に傷を抱えていた。日に日に距離を縮める2人だったが、実央は施設に入るために島を離れることに。「はやく大人になりたい」という言葉を残して駿の前から去っていく。しかし、3年後、実央は駿のもとに戻って来て「俺、駿のこと好きだよ」とストレートに気持ちを伝えてくる。ゲイだからこその悩みを抱える駿は実央の想いを素直に受け入れられなくて…。

沖縄の海や草木に彩られた、ちょっと切なくてじれったい心洗われるようなラブストーリーが展開してゆく。恋愛としての苦しい切なさにスポットを当てるよりは、それぞれ心に傷を抱える者同士がひとりの人間として関わり、成長していく姿を丁寧にすくい取っていく。

劇場アニメ版では原作コミックの該当巻では登場しない彼らの過去のシーンが登場し、見る者がさらに深くそれぞれの心に寄り添えるように描かれている。実央は、亡き母親との日常のシーン。幼き実央は愛くるしく、慎ましいながらも母の愛に満ちた生活がとても温かいものだったからこそ、幸せそうであればあるほど、その喪失の大きさが思いやられる。駿の場合は、学生時代の同級生の心無い噂話によってストレートに心に傷を受けていることが感じ取れる。そんな彼らが出会い、お互いの存在によって救われて乗り越えて行く様子に胸が熱くなる。

沖縄の海や建物、背景まで描きこまれた映像が美しい

はじめは思春期の青さもあって実央の方が厄介な性格に見えるが、実央が成長して戻って来てからは駿の方が拗らせていることがわかる。でも、辛いばかりでなく、ほっこりした笑いを交えているので温かい気持ちで見守っていられる。

絵も温かみがあるのでなおさらだ。キャラクターデザインは原作者の紀伊カンナ自身が担当。原作ファンも納得できるデザインだし、原作未読でも柔らかいタッチの可愛げあるキャラクターには好感が持てるだろう。

そして、劇場アニメ版を見てまず思ったのは、映像がとても綺麗だということ。この原作コミックの良さは、その絵にあると言っていいぐらい魅力的なので、映像として表現できるのか見る前には懸念していた。原作コミックは人物もさることながら背景もとても素晴らしいのだ。沖縄の空と海、野趣あふれる植物といった自然、そして家屋は外観も部屋の中も素敵。定規を使わないフリーハンドで引かれたような柔らかい線で描かれた沖縄独特の建物や石垣、畳やすだれ、本棚や台所の小物たち。細々と描き込まれたそれらがキャラクターたちの生活や空気を作り出している。

この大切な背景も劇場アニメ版のスクリーンの中にしっかりと描きこまれているのを見て胸を撫で下ろした。アニメになってのっぺりと均一な絵になったらどうしようかと思っていたが、花びら一枚一枚感じさせる草花や木目も描かれた縁側には感動さえ覚えた。この絵と物語が相まっての優しく温かい作品なのだから。映像についてはおそらく原作ファンがとても気になっている点だと思うが、そこは納得してもらえることだろう。

また、特筆しておきたいのはラブシーンもとても印象に残るものだったということ。恋愛よりも人間愛を感じさせるように前述したものの、本作はれっきとしたラブストーリーであり原作にも出てくるようにベッドシーンも登場する。

きれいごとではない温かみのあるラブシーン

それも取って付けたような扇情的なものではなく、心通わせる2人の生活と地続きになっている。ゲイであることを負い目のように思い、男同士であることに不快感がないかと心配する駿の不安を実央はあっさりと払拭していく。彼らにとっても物語にとっても重要で、愛おしくなるシーンだ。原作通りにセイフティセックスする様子も描かれ、ベッドシーンもきれいごとだけではなく生活感ある彼ららしい温かみが感じられた。

本作はフジテレビの劇場アニメBLのレーベル“BLUE LYNX”の第3弾となっている。プロデューサーによると、テレビでは制約のある表現も劇場アニメでは挑戦していくのだとか。松竹から発信して後からBLUE LYNXのレーベルに加わったという本作がどこまでBLUE LYNXの特色が活かされているかはわからないが、目線は同じということなのだろう。

物語に必要性があるならベッドシーンも割愛しない姿勢で描かれるのは、作品が好きな者としては嬉しい。実央と駿が心とともに体も重ねて通い合っていく姿に胸がジーンと熱くなる。作品ファンも安心して見てほしいし、未読の方も優しさあふれる作品の世界観に触れてほしい。

原作の「海辺のエトランゼ」は駿の故郷に舞台を移した北海道編である「春風のエトランゼ」へと続いていく。『海辺のエトランゼ』だけでも物語はまとまっているのだが、北海道編もぜひ劇場アニメ化してほしい。作品の世界観を活かした美しい映像による「エトランゼ」シリーズをまだまだ見てみたいものだ。(文:矢野絢子/ライター)

『海辺のエトランゼ』は、9月11日より公開中