変容した街で居場所を失った青年が追い求める家族の絆
#A24#ヴィクトリアン・ハウス#ジミー・フェイルズ#ジョー・タルボット#プランB#ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ#週末シネマ
社会派とファンタジー。水と油のような2つのテイストが融合し、心が温かくなる唯一無二の味わいを持つ人間ドラマ。それが『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』だ。
・いろいろな意味で後生に残る『ムーンライト』はなぜこんなに素晴らしいのか?
アカデミー賞作品賞受賞作『ムーンライト』以来となる、製作会社「A24」と「プランB」が組んだ本作は、サンフランシスコに生まれ育った黒人青年のジミー・フェイルズが、10代の頃からの友人であるジョー・タルボット監督に自らの体験を託して映画化した物語だ。共同脚本も兼ねたタルボットは本作が長編デビュー作、主演を努めたフェイルズもこれが初主演だ。
都市開発が進み、昔からの住人が暮らし続けることが困難になるほど家賃が高騰するサンフランシスコで生まれ育った青年ジミーは、今は別人の手に渡った幼い頃に家族で暮らした家を取り戻したいと考えている。ヴィクトリアン様式の美しい外観のその家は観光名所にもなっていたが、売りに出されたのだ。
19世紀のゴールドラッシュで栄えたアメリカ西海岸の大都市であるサンフランシスコは、古くから日系人も多く暮らした地域。映画に登場するヴィクトリアン・ハウスのあるフィルモア地区は、太平洋戦争前は日系人のコミュニティがあった。劇中のジミーの思い出の家は1889年に建てられたもので、歴史を感じさせる建築物が居並ぶ街でも一際目を引く美しさだ。
勝手に押しかけて壁を塗り直したり、親友モントを巻き込んで、何とか家を手に入れようと奔走するジミーを通して、サンフランシスコの現実が描かれる。一方で、ジミーの語る憧れの家や家族の物語はどこか夢のように非現実的だ。
思い入れが強すぎて、常識や周囲への迷惑も省みずに暴走する主人公と、彼に寄り添い続ける親友モントの忍耐ある優しさ、モントの祖父との交流も胸に響く。モントを演じるジョナサン・メジャースはNetflixオリジナルでスパイク・リー監督の「ザ・ファイブ・ブラッズ」などに出演、祖父役のダニー・グローヴァーとともに、フェイルズを脇からしっかりと支える名演を見せる。
光と影、色彩をゆったりと丁寧に映していく幻想的な映像が美しく、サンフランシスコという街そのものが主人公でもある。はかなさを思わぬ切り口で見せてくれる詩情豊かな珠玉作。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』は、10月9日より公開中
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