1984年に起きた未解決事件がモチーフの『罪の声』。スーパーなどの店頭に並ぶ菓子に青酸ソーダを混入させたものを置き、消費者の命を人質に複数の食品会社を標的にした企業脅迫事件を、いま40代後半以上の世代ならば鮮明に記憶しているだろう。誘拐や食品への毒物混入など凶行を繰り返しながら、関西弁でユーモアの効いた手紙で警察やマスコミを挑発した劇場型犯罪は、犯人グループの特定に至らないまま時効を迎えている。
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塩田武士の原作小説を小栗旬、星野源主演で映画化した『罪の声』は、企業名や関係者の名前などは架空のものに変えてあることを除けば、ほぼ実在の事件をなぞっている。すでに時効を迎えた事件の再取材を任され、それほど気乗りしないまま取材を始めた新聞記者の阿久津(小栗)と、父の遺品の中にあったカセットテープの音声から幼い自分の声が脅迫テープに使われたことに気づいた京都でテーラーを営む曽根(星野)。それぞれが35年前の事件の真相を追ううち、やがて点と点が結びつき、2人は協力しながら、派手な事件の裏に隠された真実に迫っていく。
1984年に実際に起きた事件で、企業に電話で大金の受け渡しを指示する際に使われた音声はTVやラジオで繰り返し放送された。意味もわからずに文言をそらんじているような幼い声を聞きながら、上手いこと考えついたものだと感心さえして、小気味よく思ったりしていた。だが、あの声の主は一体その後どうなったのだろうか?
映画は犯人グループに声を使われた3人の物語と言ってもいいだろう。記憶にも残らないほど幼い頃に無自覚に犯罪の片棒を担がされ、今その事実を知って苦しむ曽根は阿久津と共に、残る2つの声の持ち主(彼より少し年上と思しき少年と若い女性)の消息を探す。35年という長い時間を経たことで、ようやく重い口を開く人々によって少しずつ明かされていく事実。未解決事件の真相はこうだったかもしれない、という仮説をリアリティある形で描いていくのは、『いま、会いにゆきます』『ビリギャル』などの土井裕泰監督。脚色は、監督とドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』『重版出来!』などで組み、『アンナチュラル』や今夏大きな話題を呼んだ『MIU404』などの脚本を手がけてきた野木亜紀子。ドラマでヒットを放ってきたコンビが、民放ドラマで扱うのは難しいテーマに取り組み、映画でしか描けない世界を妥協なく作り上げた。
阿久津は正義に燃えるいわゆる熱血タイプではないが、真実に近づくごとに記者魂に火がついていく。観客の視点も担う阿久津の探究心を小栗は巧みに見せる。京都に生まれ育った曽根を演じる星野は、家業のテーラーを継いで丁寧な仕事をしながら妻子と静かに暮らしていた男が思いがけない過去に葛藤する様を繊細に表す。
そんなつもりもなく事件に重要な関わりを持たされてしまった者たちの運命はあまりにも壮絶だ。142分という上映時間にぎっしり詰まったドラマは最後まで力強く観客を引きつけていく。
松重豊や古舘寛治、橋本じゅん、市川実日子、火野正平らが力まずに脇を固める本作は俳優1人1人の名演が印象深い。親友の苦悩に手を差しのべたくても叶わず、救うことができなかった無力感に苛まれ続けてきた女性が祈るような思いを迸らせる様を演じた高田聖子とともに、強く印象に残るのは塩見三省だ。大病から復帰してしばらく経つが、後遺症で百パーセント自在とは言えないであろう身体を活かす表現に圧倒された。思うままにならない肉体を、演じる役柄の凄みに昇華させる。演技という芸術の真髄を見た思いだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『罪の声』は、2020年10月30日より公開
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