75歳のひとり暮らしを描いた『おらおらでひとりいぐも』
おらおらでひとりいぐも。これは宮沢賢治が妹の死を悼んだ詩「永訣の朝」の一節(原文はローマ字表記)。だ。「私は私1人で逝く」という妹の言葉が、映画『おらおらでひとりいぐも』では「1人で生きていく」の意として掲げられる。
・沖田修一監督作品で田中裕子が15年ぶり映画主演。蒼井優と二人一役演じる
芥川賞と文芸賞をW受賞した小説「おらおらでひとりいぐも」は、50代になって小説を書き始めた若竹千佐子のデビュー作。岩手県遠野市出身で55歳のときに夫に先立たれたという若竹の歩みは、郊外の一軒家で夫亡き後に独居生活をする75歳の主人公・桃子と重なる。1人で暮らす日々の友だちは寂しさ。「どうせ」という諦観に呑み込まれないように毎朝布団から起きて、トーストと目玉焼きの朝食をとり、バスに乗って病院や図書館に行く。地球46億年の歴史を学び、念入りにノートを作っているのだ。
日本中、世界中に同じような毎日を送っている人は数えきれないくらいいるだろう。住む家もあり、生活に困らないお金もあり、身の回りのことは自分でできる。ただ、子ども2人とは疎遠で親しい友達もない。詐欺の電話がしょっちゅうかかってくる。そんな毎日を悲嘆に暮れるわけでもなく、無意味に溌剌ともせず、淡々と過ごす桃子を演じる田中裕子が素晴らしい。ふんわりしていながら妥協しない、批評心もある女性像がリアルだ。
1964年、東京オリンピックの年に故郷の東北を飛び出して上京した桃子は方言を封印して暮らしてきた。だが、1人暮らしの今、彼女が心の内から湧き上がるいくつもの“声”と交わす言葉は東北弁だ。濵田岳、青木崇高、宮藤官九郎の3人が桃子と似た服装で突然桃子の前に現れ、彼女と会話し始める。朝、布団から出るのが億劫な時には同じパジャマ姿の六角精児が「起きなくていい」と悪魔のささやきを繰り返す。
脚色も手がけた沖田修一監督が前作『モリのいた場所』(18年)でも見せた、現実からそのままフッと夢想の世界へジャンプする演出が効いている。実際は、夫が亡くなり、子どもたちも成人して独立し、広くなった家に1人で暮らしているが、その内面には大勢の人間がいる。例え強い意志を持っていても、同時にいくつも矛盾を孕んでいるのが人の心だ。その厄介な有り様を、感情を擬人化し俳優が演じるという形で表現した。桃子に寄り添っている寂しさも、パジャマ姿でぼやいている「どうせ」も男。監督は「分身でありつつ、別人格」なので、異性にしたと話している。
田中裕子と蒼井優は似てる!? 二人一役が意外と自然!
若き日の桃子と、東京で出会った同郷の夫を演じるのは蒼井優と東出昌大。『スパイの妻』で共演したばかりの2人が、緊張感に満ちた前作と打って変わって、素朴で愛情あふれるカップルを演じている。田中と蒼井はどこか似た雰囲気があり、60年代から現代までの桃子の歴史が1つの流れとしてすんなり繋がる。
75歳の桃子は、若き日や幼少期の自分自身、大好きだった祖母とも語り合う。寂しさだけではない、様々な声に触発されて、やがてたどり着いた答えが清々しい。愛と自由。実は互いを補い合う、欠かせない要素だと個人的には思うが、愛という言葉から何を想像するのかも、それぞれ自由だ。
1人で生きていくと決めたって、不安や寂しさが綺麗さっぱり消え去るわけがない。そういうものと付き合いながら過ごしていく。それが当たり前。「寂しさで賑やかだ」という桃子の言葉は、この先、自分が不安を覚えた時、思い出して心を落ち着かせてくれるものになりそうだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『おらおらでひとりいぐも』は、2020年11月6日より公開中
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