現代に響く、18世紀に生きる女性たちの禁断の愛の物語
カンヌでクイア・パルム賞と脚本賞に輝いた『燃ゆる女の肖像』
昨年の第72回カンヌ国際映画祭で『パラサイト 半地下の家族』とパルムドールを競い、受賞は譲ったものの同映画祭の脚本賞とクイア・パルム賞に輝いたセリーヌ・シアマ監督・脚本の『燃ゆる女の肖像』。タイトルを聞いて、ふと19世紀の詩人ネルヴァルの短編小説集「火の娘たち」を思い浮かべたが、この映画の舞台は18世紀。マリー・アントワネットがオーストリアからフランス王家に嫁いだ1770年、ブルターニュの小さな島での数日間の記憶の物語だ。
・世界中が絶賛! 『燃ゆる女の肖像』セリーヌ・シアマ監督インタビュー
ドレスの裾に炎がついた若い女性の肖像画は映画が始まってすぐ、無造作に現れる。絵についての説明はないが、観客は作者である画家のマリアンヌ(ノエミ・メルラン)とともに思い出をたどっていく。
女性画家と貴族の娘、2人の眼差しが交わるとき
1770年、マリアンヌはブルターニュの孤島に暮らす伯爵夫人(ヴァレリア・ゴリノ)から、娘で修道院から戻ったばかりのエロイーズ(アデル・エネル)の見合い用に肖像画を描くよう依頼される。だが、急死した姉の代わりにミラノの貴族に嫁ぐことを拒むエロイーズは先任の画家に顔を見せようともしなかった。
マリアンヌはエロイーズに散歩相手として紹介され、日中に観察した姿を記憶し、夜間に描くという使命を与えられる。初日、屋敷近くの断崖を散策中、顔を見せずに先を歩いていたエロイーズが振り向く瞬間が鮮烈だ。
会話を重ねて少しずつ距離を縮める2人は音楽を介して打ち解ける。マリアンヌとエロイーズの関係の変遷は2人の眼差しを通して描かれ、「見る」「見られる」、そして「振り向く」ことの意味を示唆していく。
やがて絵は仕上がる。良心の呵責からマリアンヌが自らの正体を明かして完成作を見せると、エロイーズは厳しく絵を批判する。ショックを受けながらも描き直しを申し出るマリアンヌに、エロイーズは意外にも絵のモデルを務めると言ってのけた。完成までの猶予は伯爵夫人が旅に出る5日間。女主人不在の屋敷で、エロイーズとマリアンヌ、そして召使いのソフィ(ルアナ・バイラミ)の3人の生活が始まる。
美しい映像で綴る女性だけのユートピアと恋
ソフィが第3の女として存在感を示すこの5日間が面白い。少し年若く見える彼女も交えて、ゲームに興じたり、本を読んでは物語の解釈をめぐって意見を戦わせる。異なる見解を否定せず、身分の差、主従関係の壁もない平等のユートピアで、3人は一緒に食事も作る。台所で1人は刺繍し、1人はワインを注ぎ、1人は調理する。誰がどの役割を担うのか。当たり前のように動く彼女たちに、シアマ監督が託すメッセージは明白だ。望まない妊娠をしたソフィの中絶手術という秘密も、3人は共有する。
エロイーズが朗読する「変身物語」の竪琴詩人オルフェウスと妻エウリュディケの物語で、オルフェウスの行動をめぐる三者三様の意見も興味深い。そんなユートピアに、伯爵夫人の帰還が現実の影を落とす。
主な登場人物は、伯爵夫人を含めた女性4人。男性が存在しないのではなく、まるで常にカメラのフレームの外に置かれて、時々フレームインしてくる、という感じだ。肌の質感、海や空の色、夜のろうそくの灯などをとらえたクレール・マトンの映像はどこを切り取っても美しい。
夜の焚き火と女性たちの歌声、音楽もまた印象的
鍵となる場面で、劇伴という形ではなく物語の世界で実際に奏でられる物として登場する音楽も印象的だ。中でも、夜の焚き火の場面で大勢の女性たちが聞かせる歌声は忘れ難い。土着的で神秘的なリズムとメロディに、謎めいた歌詞。ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」の一節を機械翻訳でラテン語訳にしたものだという。字幕をつけなかった監督の意思を尊重して、当該とされる部分については興味があれば自力で探していただきたい。
18世紀に生きる女性の愛と喪失の物語を、ギリシャ神話に重ねた脚本は秀逸だ。写真もレコードもなく、情報や記録媒体が極端に限られた時代に記憶をどう残すのか。何気ない言葉ひとつ、行動ひとつが後に「そうだったのか」と得心する布石になっている。2000年以上前、250年前という遥か昔をモチーフにしながら、不思議なくらいに現代に響く物語だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『燃ゆる女の肖像』は、2020年12月4日より公開中
(C)Lilies Films.
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