【鯉八の映画でもみるか。】「世界の映画館」と視聴覚室の思い出

#瀧川鯉八#鯉八の映画でもみるか。

鯉八の映画でもみるか。
【ムビコレ・コラム】落語家・瀧川鯉八の映画でもみるか。
(毎月15日に連載中)
鯉八の映画でもみるか。
瀧川鯉八
写真集「世界の映画館」
鯉八さんの手拭い

【落語家・瀧川鯉八の映画でもみるか。/第18回】

明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

落語家の必須アイテムとして手拭いと扇子があります。
ぼくは昨年真打昇進の際の手拭いデザインを、食べて旅する消しゴムはんこ&イラストレーター「とみこはん」にお願いしました。
とみこはんは素敵な感性の持ち主で、温もりとユーモア溢れるデザインだけでなく、エッセーや些細なおしゃべりまで愉快な女性です。
勝手にコラムに書くことにもきっと怒らない仏みたいな方で尊敬しています。

そんな彼女から「世界の映画館」という本を昨年末に頂戴しました。
とみこはんがプレゼントしてくれたこの1冊のおかげでとても豊かな正月を過ごすことができました。
「パイ インターナショナル」というところから出版された写真集とも言ってもいいこの本は、名前のとおり世界の映画館が紹介されているだけのもの。
ひと言メモくらい紹介されている映画館もありますが、国と街と映画館名しかほぼ文字はありません。

・写真集や手拭いの写真はこちら

じゃあやっぱり写真集ですね。
写真集です。
パラパラとめくるだけで楽しい。
頭つかわなくてもいい。
だけと世界の素敵な映画館を覗くだけで想像力がどこまでも無限に飛んでいくのです。
旅することできない今、もっとも最適な1冊。
野外なのに音響バッチリの映画館もあれば。
プールに入りながらや、屋上でのものも。
ヨーロッパの伝統的な建築をあしらった映画館。
かたやとっても近代的な映画館。
韓国のものなんて前衛的すぎる名建築です。
サイケデリックなものから、ルービックキューブのような外観までさまざま。
キューバの色使いなんかたまらんです。
国ごとに、文化ごとに、色彩に特色あります。
なかでもぼくはアメリカの映画館がやっぱり好き。
『アメリカン・グラフィティ』の舞台のような60年代の雰囲気が残るやつがいい。
街のなかに違和感なく存在している夜の映画館が好き。
ロサンゼルスにある今はタランティーノが経営している「35㎜フィルムの2本立て」しか上映しないという老舗の名画座「ニュー・ビバリー・シネマ」が最もお気にいり。
こんな映画館に入り浸れることができるなら退屈な日々も映画のように輝くような気にさせてくれます。
ぜひ大切な誰かへの贈り物に。

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映画を見るのはなにも映画館ばかりではない。

確かあれは小学校2年生のとき。校庭での朝礼。
壇上で挨拶する校長先生の後ろには校舎に続く長い階段があって、その階段には気分の悪い子どもたちが座って見学していた。
その見学していた子どもたちのところへ1匹の犬がトコトコトコと近づいてきた。
白と黒のブチのビーグル。
正確にはビーグルの雑種。
なぜ雑種だとわかるかというと、ウチの犬だから。
名前はチロ。
30年近くも前の田舎ではよく放し飼いの犬がたくさんいた。
ウチもそうで、時折鎖を外してあげることがあった。
何度も学校の近くまで散歩に連れてきたことがあるから覚えていたのだろう。
虚勢手術をしたこともあって丸々と肥えていたチロがトコトコトコと歩いてる。
気づいた先生たちが捕まえようとするがチロはのろりのろりとしながらも捕まらない。
その様子が面白く全校生徒が笑ってる。
どこの犬だろうなあという声が聞こえてきたが恥ずかしくて黙っていた。
朝礼も終わってクラスに帰ると委員長のサイノ君の声が聞こえてきた。

「ああいう犬は捕まると処分されるらしいよ」

血の気が引いた。
急いでウチに電話しなければならない。
携帯電話のない時代。
先生にお願いして職員室の電話を借りることもできるが、それだとウチの犬だとバレる。
チロの命よりも羞恥心の方が勝ってしまった。
でもなんとかしてウチに電話しなければ。
購買部の前に公衆電話がある。
でも小学2年生のぼくにお金はない。
もっともらしい理由を言ってサイノ君にテレホンカードを借りた。
急いで電話して事情を説明すると、母親が言った。

「チロ? チロなら庭でひなたぼっこしてるよ~」

ぼくの心配をよそにチロは呑気に逃げ帰っていたのだ。
ホッと胸を撫で下ろすという経験を小学2年生で味わった。

安心してクラスに戻ると、特別授業で視聴覚室に移動とのこと。
2年生5クラス200人がギューギューになって体育座りしながら、仲代達矢さん主演の『ハチ公物語』を鑑賞するという。
主人が亡くなり引っ越しを繰り返しても、毎日主人を迎えにいっていた駅にハチが出掛けていくという人間と犬の深い絆の感動物語だった。

が、ぼくは犬の帰巣本能をついさっき身をもって学んだばかりだったので涙することはなかった。

※【鯉八の映画でもみるか。】は毎月15日に連載中(朝7時更新)。

プロフィール/瀧川鯉八(たきがわ・こいはち)
落語家。2006年瀧川鯉昇に入門。2010年8月二ツ目昇進、2020年5月真打昇進。落語芸術協会若手ユニット「成金」、創作話芸ユニット「ソーゾーシー」所属。2011年・15年NHK新人落語大賞ファイナリスト。第1回・第3回・第4回渋谷らくご大賞。映画監督アキ・カウリスマキが好きで、フィンランドでロケ地巡りをした経験も。

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