ゴールデングローブ賞と放送映画批評家協会賞で外国語映画賞を獲得
【週末シネマ】先日の第78回ゴールデングローブ賞に続き、7日(現地時間)発表の第26回放送映画批評家協会賞でも外国語映画賞に輝いた『ミナリ』。80年代のアメリカ南部、アーカンソー州に移住した韓国人一家を描く本作は会話の大半が韓国語だが、アメリカ人監督によるアメリカ映画だ。
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監督のリー・アイザック・チョンも、アメリカで農業での成功を夢見る主人公ジェイコブを演じたスティーヴン・ユァンも韓国系アメリカ人。コロラド州に生まれ、アーカンソー州の小さな農場で育った監督の半自伝的作品は、ジェイコブと妻のモニカ、娘のアンと息子のデヴィッドが新天地を求めてカリフォルニアからアーカンソーの田舎町にたどり着いたところから始まる。
8歳の子役と祖母役の名女優が繰り広げるやりとりが微笑ましい
面積は広いが荒れた土地で、住まいは古びたトレイラーハウス。農業を軌道に乗せるためにはアルバイトに励まなければならない。子どもたちの世話はもちろん、不安材料だらけなのに楽観的な夫の独断専行にモニカは心配を募らせ、夫婦の口論は絶えない。やがて、日中に子どもたちを見守るために、モニカの母スンジャが韓国から呼び寄せられる。
韓国からミナリ(韓国語で香味野菜のセリの意)の種を携えてやって来たスンジャは“クッキーを焼く優しいおばあちゃん”のイメージとはかけ離れた人物だ。
アメリカ生まれで姉との会話は英語が主なデヴィッドは、相部屋になった祖母の自由すぎる振舞いにカルチャーショックを受けつつ、次第に絆を深めていく。これがデビュー作で現在8歳のアラン・キムと、『ハウスメイド』(10年)や『自由が丘で』(14年)、『藁にもすがる獣たち』(20年)などで知られる韓国の名女優ユン・ヨジョンが繰り広げるユーモラスなやりとりが微笑ましい。キムは放送映画批評家協会賞で新人俳優賞を受賞した。
監督と同じ背景を持つ主演スティーヴン・ユァンの集大成
成功を急ぐあまり家族のことが後回しになるジェイコブを演じるスティーヴン・ユァンはTVシリーズ『ウォーキング・デッド』のグレン・リー役でお馴染みだ。韓国生まれで幼少期に家族とアメリカに移住した彼は、『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督がNetflixで撮った『Okja /オクジャ』(17年)やイ・チャンドン監督の『バーニング 劇場版』(18年)など、近年は祖国の監督とも仕事を重ねてきたが、妻の従兄弟でもあり、韓国系アメリカ人という同じ背景を持つ監督と組んだ本作は、その集大成と言えるだろう。
夢を追い続ける夫と現実の板挟みで苦悩するモニカを演じるハン・イェリの切実さ、しっかり者の長女を演じるネイル・ケイト・チョーのナチュラルな演技も胸を打つ。
家族が逆境に立ち向かう姿は、国や文化を超えて人々の心に訴えかける
一家があからさまな差別や偏見に晒される描写はない。姉弟に好奇の目を向ける白人の子どもたちとのやりとりには無知による人種差別はあるが、そこに悪意はない。姉弟が傷ついたり、白人の子どもたちが“気づき”を得たりするようなお定まりの描写なしに、彼らはごく自然に友だちになっていく。この自然な流れは新鮮であり、デヴィッドと同じ年頃に短期間だが、白人社会で暮らした私の目に非常に説得力あるものとして映った。
デヴィッドは監督の分身と見ることもできるが、物語の視点は決して幼い少年のものではなく、一家の1人1人と等距離を保つ。感傷に溺れすぎない慎ましさと、次々に襲ってくる困難と直面する一家に寄り添う温かさのバランスが絶妙だ。
個人的には、ジェイコブが農作業のために雇うポールの存在も印象深い。
風変わりだが、働き者で、朝鮮戦争に従軍経験のある白人を演じるのは『追いつめられて』(87年)や『アルマゲドン』(98年)で知られる性格俳優のウィル・パットン。彼はチョン監督の2013年の作品『Abigail Harm(原題)』にも出演している。悪役や曲者役の多いパットンの違う魅力が引き出されているのもファンとして嬉しい。
家族が他者の力も借りながら逆境に立ち向かう物語には、オスカー2冠の名作『プレイス・イン・ザ・ハート』(84年)を思い出した。慣れない環境で懸命に生きていく姿に、長崎から北海道の開拓村を目指す一家を描いた山田洋次監督の『家族』(70年)も思い浮かぶ。
まごうことなきアメリカ映画でありながら、同時にあらゆる文化に生きる人々の心に訴えかける普遍性を備える美しい一作だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ミナリ』は、2021年3月19日より公開全国
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